【超短編小説】 人≠単純
「被害者、確認しました。至急、救急を御願いします」
「殴られて、気絶している。江本、対応を頼んでも良いか」
「先輩、どうかされましたか?」
「いや、少し休めば治る。すまん、応援が来たら呼んでくれ」
「先輩、任務完了しました。大丈夫ですか?」
「ああ、悪かったな。この仕事していると、色んな傷が見えるようになってな」
「色んな傷?」
「目に見える傷だけじゃない。心の傷も含めてだ。被害者がこれまで抱えてきたすべての傷がな。江本、これだけは覚えておけ」
江本は背筋を伸ばし、先輩が発する次の言葉を待った。
「皆、目に見えない傷を抱えているんだ。その痛みは人によって全く違う。見た目だけで分かった気になってはいけないってことだ」
「では、どうすれば?」
「感じ続けるんだ、痛みを。どれだけ理解できなかったとしてもな。関心を持たなくなれば、それで終わっちまう。人は、単純なようでいて結構複雑な生き物なんだ」
先輩はそう言うと煙草に火をつけ、長く息を吐き出した(完)