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天職?遊びのような仕事。からの離婚と解雇。

一度辞めた美容師 最復帰後のそのお店は自分にとっては天国だった。

結果から言えばその店で今の嫁と出会えたし、

その次の店では経験を買ってもらえて店長になれたし、

今も自分の経営しているお店にそのまま15年ほど通って頂いてるお客様というかけがえのない財産を得れたりと自分の人生においてターニングポイントになった事は間違いない。


そのお店の勤務体系自体が遊びのような感覚で気が楽だった。

休憩時間にはバックルームでタバコ吸えたり、猫と一緒にご飯をたべさせられたりと、
不衛生極まりなかったが、まだ少年に近い自分達若者にはあまり気にならなく、むしろ快適だった。

それに今思えば社会人デビューしてからの
人生の最もモテ期に入ってた気がするし、

人とはよくわからないもんだ。

しかし、最初はドラゴンボールに出てくる青年ヤムチャばりに女性を見るとカチンコチンに固まってしまって、目も見れず耳まで赤面してしまう自分としては

なんでこんなクセの強いギャルやお水さんや、ホストやたまにヤクザみたいな怖いお兄さんばかりなんだろう。。

と最初は悪戦苦闘していた、、

最初の軍隊式店舗で鍛えた持ち前の根性や、真面目な姿勢がなかなか評価されない、、

「お兄さん、ノリ、悪くなーい?」

「マジ、ウケるんだけど〜!」

とあの平成末期の頃のコギャルのノリである。

そこから今の高田純二ばりに適当人間になった自分の接客スタイルが生まれたように思える。

どっちかって言うと自分は隠キャだと思う。
陽キャに、合わせてノリ良くしたり笑ったりデカい声で話すのが苦手で苦痛だった。

しかし、まさか自分が根暗なんて実際の自分を知っている人身近な人達はあまり信じないだろう。

39年間生きてきて最近思うが、うん、あれだ。

多分自分はHSPってやつだと思う。

感受性が強過ぎる。

これに尽きる。

子供の時から強烈な妄想癖がある。

それはアニメや漫画の影響かもしれないし、映画やドラマに出ている俳優のなりきりで、

そのキャラだったら自分はどんな言葉や態度を取るんだろう?などと、

気持ち悪いくらいに陶酔できていた。

TSUTAYAなどの本やDVDや、おもちゃ屋や、ゲーム屋でもなんでも、とにかく自分が興味があってワクワク楽しめるような雰囲気の場所に居ると決まってウンチしたくなったり。

ワクワクが、「オラクソ漏らしちまうぞ!」

なノリで感じられていた。

話が脱線してしまうあたりADHDの気もある。

ただし、本を読むのは好きだった。

親父はバイオレンスな人間で3歳あたりからひっぱたかれていた記憶が強烈にある。

まだ小さくて母親と寝たかったのに「俺の女に近づくな!」

と五つ上の姉と寝かされていた記憶がある。

しかし、その親父にゲームや漫画などを取り上げられて部屋に閉じ込められていた時などに家にあった適当な小説や伝聞記、はたまた姉のりぼんや、マーガレットなどの少女漫画も全て読み漁っていた。

お気に入りは、ときめきトゥナイトと、イタズラなkiss、花より団子だ(笑)

親父は国語教師だった。影響はかってに受けた。

話を戻すが入り直した美容室では、昔の経験を少しだけ買ってもらえてジュニアスタイリストなる半人前技術者の様なポジションで使ってもらえた。

半人前のクセにとにかく忙しい店だったためよく使われて、可愛いお客さんには本気でドキドキしていたし、コワモテのメンズにはビクビクしながら働いていた。

お客の客層も若く、パンツ丸見え、谷間見え放題みたいな20代前半の自分には強烈に刺激的な日々だった。

仕事終わりにキャバ嬢?風俗嬢?の人に遊びやご飯やドライブに誘われて同僚と朝まで遊びに行ったこともあるし、(これが自分でも信じられないが意外にエッチとかはした事ない笑)

今自分が経営しているスタッフがそんな事してたら自分はきっと知ってしまったら何かしら注意してしまうだろう。

大人ってそんなもんだ。

そこから大きな転機が訪れた。

自分がそこで約二年勤めた辺りで、当時60前?くらいだった面白いオーナーが女性スタッフをどんどんクビにし始めた。

理由は、大きな子供を連れて再婚して来た外嫁(自店オーナーはバツイチだった)

が経営に口出し始めたのだ。美容師でもないのに。

そこの話は広げ過ぎるととんでもない方向に行ってしまうので割愛すると

結論全員クビになりお店は閉店した。

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