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【読書感想文】『瑠璃の爪』

見えない悪意は鋭い爪のごとく…


【基本情報】

  • 作者:山岸凉子

  • 発表年:『ASUKA』1986年10月号(角川書店)

  • 収録本:『自選作品集 海の魚鱗宮』(文春文庫)

  • ページ数:42ページ

【あらすじ】

上杉絹子(うえすぎきぬこ)は
姉の敦子(あつこ)を刺殺した。

絹子が逮捕された後
姉妹と関わりのあった人達は
二人の人物像や関係について取材を受ける。

周りの人たちはみんな口を揃えて

「お姉さんはしっかり者」
「妹思いの姉だった」
「姉妹同士の仲は良かった」

と言うが、絹子が明かす姉への本心は…

【感想】

私は山岸先生の世代では無いのですが

大学時代に図書館でよく
山岸先生の短編漫画が収録された本を
一時期ハマって借りまくった思い出があります。

「花の24年組」の一人・山岸先生は
度々「姉妹(兄弟)同士の確執」
テーマにした作品を手がけています。

『瑠璃の爪』は
ずーっと読んでみたかった短編だったので
楽しみにしていました。

本作は
姉妹と関わりのあった人達から
二人の関係を聞いていき

徐々に姉妹の本当の関係が明かされる…
という入れ子式になっています。

本作の「面白い」と感じた点は
一見「仲の良い姉妹」の関係性が

二人と親しい人達の証言になってくると
徐々に歪さが明らかになっていくところです。

本作のテーマは
現代でも度々問題になっている
「毒親」と「兄弟(姉妹)格差」。

本作の最大の元凶は
上杉兄妹の母親

母親が末娘の絹子ばかりを偏愛したために

姉の敦子もその兄の喬(たかし)も
愛に飢え、妹ばかり特別扱いする姿に
不満を覚えるようになります。

一方、妹の絹子は
なんでも母親が口出ししてくるため

徐々に自分の意見を言えない
主体性の無い子に育ってしまいます。

そのため、母親にも姉の敦子にも
自分の言いたいことを言えません。

母親がなぜ絹子だけを
偏愛したのか分かりませんが

やっぱり絹子が
兄妹で一番容姿が良かったからかな
と感じます。

作中、敦子も妹に対してやってる事は
結局母親と同じなんですよね。

「絹子に対し過干渉過ぎる」という点は
母親と共通していますし。

ただ敦子の場合は
憎しみを無意識にぶつけている
ところが母親と違う点ですね。

妹を心配しているのは
本心だったかもしれませんが

縁談の件で、色々ダメ出ししているところに
「無意識の悪意」が滲み出ています。

しかし敦子は
自分の「無意識の悪意」に気づいていないため
余計タチが悪いんですよね。

妹にぶつけていた「無意識の悪意」が
自分の命を奪ってしまう結果になったので
ある意味自業自得とも取れます。

作中で一番孤独なのは絹子

周囲の人達(兄を含めて)が
皆敦子を気の毒がっている一方で

誰も絹子を心配していないあたり
絹子の孤独さが際立っています。

親子同士であれ、兄弟同士であれ
友人同士であれ、恋人同士であれ

一番理想的な関係は
「本音を言える関係」だと感じました。

【印象に残ったキャラクター】

上杉敦子(うえすぎ あつこ)

絹子の姉。

敦子の友人や
敦子が昔通っていた塾の先生
近所の人などは

「妹思い」
「しっかりしたお嬢さん」
「優等生」
「とてもいい人」

などと堅実でしっかりした人
という印象を持っていました。

ここだけだと、敦子はまさに
理想の完璧女子というイメージですね。

しかし、敦子の友人の一人が
結婚式の時に、敦子が

「妹と違って
親にはお金をかけずにきたのだから
結婚式くらい派手にやってほしかった」

という愚痴をこぼしたエピソードから

徐々に、敦子の
裏の顔が明らかになっていきます。

確かに妹思いなんでしょうけど
裏を返せば、過干渉過ぎると思います。

作中では、敦子目線が無いため
彼女の本心は分かりません。

敦子についてですが
彼女に必要なのは

自分の心の傷と向き合うことだった
感じました。

敦子が妹への憎しみに気付き

自分自身の心の傷と向き合っていれば
命を落とすような結果にならなかったのでは
と思います…

【印象に残ったシーン】

周りの人達から見た絹子や敦子の印象

絹子が姉を刺殺した後
姉妹の関係者や親戚の人達の取材シーンが
描かれます。

姉の敦子については
何度も書いているように
「しっかり者で妹思いのお姉さん」

妹の絹子については

「影の薄い人で、存在感が無い」
「結構美人だけど、暗い」
「これといって、目立たない子」

敦子はしっかり者で目立つ存在な一方
絹子は地味であまり目立たない存在…

二人の対比がまさに陽と陰

しかし、そのしっかり者の敦子の
闇が徐々に明らかになっていくところが
また良いんですよね。

敦子の妹への本心に気づいていた夫

河西直彦「仲…よさそうでしたよ すくなくとも表面上は え?表面上とはどういう事かって いや…単に当て推量ですよ ……ただ敦子のやつ 自分で意識しているかどうかわからないけれど 絹子さんの事…憎んでましたね」

『自選作品集 海の魚鱗宮』p78~p80

絹子の縁談について
絹子の兄・喬の奥さんは

「敦子さんは絹子さんの縁談に厳しすぎ」
と話していました。

ある程度の所で折り合って
絹子をお嫁に出すのも愛情の一つだった

という兄の奥さんの言葉は
本当にその通りだと思います。

でも、敦子は
妹の縁談にいつまでも厳しいまま。

後の絹子の発言と合わせると
敦子は「絹子のため」と言いながら

その実、絹子が
幸せになるのを邪魔していただけ
だったんですね。

敦子が本心で
妹を憎んでいたことに気づいていたのは

絹子の他に
敦子の元夫・直彦だけ

直彦は敦子について
続いて次のような発言もしています。

河西直彦「あ いや誤解しないでください そういったところもあったという事ですよ あんまり皆が妹思いだと言うから もちろん妹思いなのに違いはありませんよ でも いっそ自分のそういった部分に気づけばよかったのに…と思うんですよ 兄妹姉妹なんて多かれ少なかれ そんな部分があるんじゃないですか」

『自選作品集 海の魚鱗宮』p80

例え、兄弟姉妹でも
みんなが仲が良いというわけではない
というのを表した言葉だと思いました。

兄弟にとって
親の関心は一番気になる部分です。

子どもにとって
親から愛されなかったこと
心の傷になって、人生に影響を及ぼします。

特に、他の兄弟と比べられて
親からほとんど関心を持たれなかった場合は
なおさら、その傷も大きくなります。

敦子も、外ではしっかり者で通っても
実の母親から愛されず
母親の関心は妹へ向けられたまま。

兄弟格差の心の傷
成長にするにつれて

憎しみへ変わったのが
敦子の悲劇だったのです。

絹子の亡き母親と姉への本心

最後、絹子の証言が描かれます。

そこで明かされたのは
母親の溺愛にうんざりする姿。

上杉兄妹の母親は
絹子を溺愛していましたが

その実、自分の好みを
絹子に押し付けては
人形扱いしていただけでした。

自分の好みを子どもに押し付けて
人形扱いして可愛がるのを
「愛玩子」と言います。

「愛玩子」扱いする親は
子どもを所有物としか見なしていない
という心理があるそうです。

ただ、絹子も
「誰か私を救って!」という
シンデレラ・コンプレックス持ち

自分から幸せになろうとする
努力をしなかったのは
ある意味痛かったと思います。

そもそも、その努力すらも
母親によって取り除かれているから
最終的に歪んだ形で出てしまうのですが…

そして、絹子は

姉が自分を心配しているようで
本心では自分の幸せを願っていない
気づいていました。

母親に束縛されていた絹子は
母親の死をきっかけに
自分の人生を生きられると思っていましたが

最終的にそのチャンスすらも
姉に潰されてしまいます。

敦子も敦子で妹を心配しているようで
無意識の悪意で束縛していたあたり
妹に執着しているような感じがしました。

敦子も絹子も

本心を打ち明けられる人がいれば
もしくは、互いに本心をぶつけられたら

今回の悲劇は避けられたのでは…と思います。

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