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【読書感想文】『人でなしの恋』

新妻が知った、夫の異常な秘密。


【基本情報】

  • 作者:江戸川乱歩

  • 絵:夜汽車

  • 出版年:2022年10月21日第1版第1刷発行

  • 出版社:立東舎

  • ページ数:全76ページ

【あらすじ】

今から10年前。
京子は門野という
町内でも有名な資産家の息子の元へ嫁いだ。

結婚当初は幸せな日々を
過ごしていた京子だったが

結婚してから半年経つと
夫の門野が自分に対し
徐々に冷たい態度を取るように
なっていくのに疑問を抱く。

同時に、門野は夜になると
自宅の蔵に通うようになる。

愛人の気配を疑った京子は
こっそり門野の後をつけて蔵へ忍び込み
そこで彼のある秘密を知ることになる。

【感想】

高校生の頃、私の中で
「乱歩ブーム」という
マイブームがありました。

高校の図書室に創元推理文庫から出ている
乱歩の小説シリーズがあったので
夢中で全巻読破した思い出があります。

乱歩というと
怪人二十面相&名探偵・明智小五郎が登場する
『少年探偵団シリーズ』が有名ですが

私は一般向けに書かれた方の
作品が好きですね。

長編だと
『孤島の鬼』(BLモノの先駆け的作品)
『幽霊塔』(実はあの「ルパン三世カリオストロの城」の元ネタ!)

短編だと『押し絵と旅する男』と
本作が好きです。

乱歩の短編は、耽美かつ陰気で
怪しい雰囲気がクセになる
んですよね〜。

ちなみに乱歩によると、本作は発表当初
あまり評価が良くなかったとのこと。
(反対に乱歩本人はお気に入りの1作だそう)

タイトルに付けられている「人でなし」。
どういう意味があるのか調べてみました。

ひとで-なし【人でなし(人で無し)】
〔名〕
人の道に反する行いをする人。人情や恩義をわきまえない人。
▶︎人をののしる語としても使う。
〔表記〕もと「<人非人>」とも当てた。

『名教国語辞典』より抜粋。

タイトルの「人でなしの恋」。

タイトル自体は
物語のキーパーソンである門野と
人形の関係を指していると思います。

人形を愛する門野。
生身の人間を愛せない門野。

まさにその嗜好は、他の人から見たら
異常にしか映らないもの。
(今でもそういうところは変わりませんが…)

門野の嗜好について、発表当時は特に
なかなか理解されにくいもの
だったんだろうなと思います。

物語の裏側にあるのは
『マイノリティーの嗜好を持った人の悲劇』
だと感じます。

乱歩の作品には度々
特殊な性癖を持った人物が出てきます。

例えば、私が好きな乱歩の短編
『押し絵と旅する男』には

絵の中の美少女に一目惚れした男の人
が出てきます。

現代の感覚で言うと
漫画やアニメ、ミュージカルといった
2次元にハマるオタクに近い
でしょうか。

そう考えると乱歩先生の
先見の明が凄い…

【印象に残ったキャラクター】

門野(かどの)

門野

やはりこの人物は外せません。
京子によると、かなりの美男子だそう。

しかし、彼にはある秘密がありました。

実は彼…人形しか愛せない人間だったのです。
(これを『ピグマリオンコンプレックス』
と言うそうです)

物語は、主人公で元妻の京子目線で進むので
門野自身についてはざっとしか分かりません。

ただ、門野も門野なりに
京子を愛していただろうし

彼女に対して良い夫であろう
一生懸命努力していたんだろうなと思います。

だけど、その普通でいようとする努力自体
門野にとって苦痛でしかなかったのでしょう…

物語終盤、京子に人形のことがバレてしまい
彼女によって人形を破壊されたことから

一気に悲劇的な結末に進む展開は
カタルシスを感じます。

ただ、どこか危うさを感じさせる門野は
どのみちああいう結末を辿っただろうな
読み終わってからもそう思いました…

【印象に残ったシーン】

京子が門野の「まやかし」の愛情に気づくシーン

男の愛というものが、どの様なものであるか、小娘の私が知ろう筈はありません。門野の様な愛し方こそ、すべての男の、いいえ、どの男にも勝った愛し方に相違ないと、長い間信じ切っていたのでございます。ところが、これほど信じ切っていた私でも、やがて、少しずつ少しずつ、門野の愛に何とやら偽りの分子を含むことを、感づき初めないではいられませんでした。……………そのエクスタシイは形の上に過ぎなくて、心では、何か遥なものを迫っている、妙に冷い空虚を感じたのでございます。私を眺める愛撫のまなざしの奥には、もう一つの冷い目が、遠くの方を凝視しているのでございます。愛の言葉を囁いてくれます、あの人の声音すら、何とやらうつろで、機械仕掛の声の様にも思われるのでございます。でも、まさか、その愛情が最初から総て偽りであったなどとは、当時の私には思いも及ばぬことでした。

乙女の本棚版『人でなしの恋』p20より抜粋

ここの京子が
門野のまやかしの愛情に気づくシーンの
文章が特に好みです。

悲劇は、何気ない些細なところから
はじまっていく
んだろうな…と感じます。

門野の会話

(略)「私もそれを思わぬではないが」と、門野の声がいうのでございます。「いつもいって聞かせる通り私はもう出来るだけのことをして、あの京子を愛しようと努めたのだけれど、悲しいことには、それがやっぱり駄目なのだ。若い時から馴染を重ねたお前のことが、どう思い返しても、思い返しても、私にはあきらめ兼ねるのだ。京子にはお詫のしようもないほど済まぬことだけれど、済まない済まないと思いながら、やっぱり、私はこうして、夜毎にお前の顔を見ないではいられぬのだ。どうか私の切ない心の内を察しておくれ」
門野の声ははっきりと、妙に切口上に、せりふめいて、私の心に食い入る様に響いて来るのでございます。
「嬉しうございます。あなたの様な美しい方に、あのご立派な奥様をさし置いて、それほどに思って頂くとは、私はまあ、何という果報者でしょう。嬉しうございますわ」
そして、極度に鋭敏になった私の耳は、女が門野の膝にでももたれたらしい気勢を感じるのでございます。

乙女の本棚版『人でなしの恋』p34~p35より抜粋

個人的に門野が長持の中にある人形と
会話するところが好きです。

でも、これってよく考えたら
門野が声を使い分けて
人形と会話している
んですよね。

想像すると、不気味な感じが
しないでもありませんでした💦

門野の最期

ある予感にハッと胸を躍らせて、一飛びに階上へ飛上がって、「旦那様」と叫びながら、雪洞のあかりにすかして見ますと、ああ私の不吉な予感は適中したのでございました。そこには夫のと、人形のと、二つのむくろが折り重なって、板の間は血潮の海、二人のそばに家重代の名刀が、血を啜ってころがっているのでございます。人間と土くれの情死、それが滑稽に見えるどころか、何とも知れぬ厳粛なものが、サーッと私の胸を引しめて、声も出ず涙も出ず、ただもう茫然と、そこに立ちつくす外はないのでございました。
見れば、私に叩きひしがれて、半残った人形の唇から、さも人形自身が血を吐いたかの様に、血潮の飛沫が一しずく、その首を抱いた夫の腕の上へタラリと垂れて、そして人形は、断末魔の不気味な笑いを笑っているのでございました。

乙女の本棚版『人でなしの恋』p73~p76より抜粋

ラストが不気味でどこか
美しさすらも感じさせます。

破壊された人形を見て
門野は自らも命を絶ってしまいます。

京子が人形を壊したのは、嫉妬心の他に
門野に少しでも振り向いてもらいたかったからでした。

(この頃には、すでに夫婦仲も
冷め切っていただろうことは想像できます)

しかし、門野が最後に選んだのは
京子ではなく人形の方でした。

お互いどちらも悪くない
結局すれ違いが生んだ悲劇だったと
思いました。

しかし、門野が抱いていた
人形への愛も所詮は幻想です。

蔵の中での人形との会話も
門野が一人二役で交わしているだけ。

門野自身もおそらく
それは理解していたでしょうし

最終的に死を選んだのは、最後まで
幻想の世界で生きたかったからでは?
と感じました。

そう考えると、彼の世界に初めから
京子が入る隙は無かったのだというのが
悲しいですね…

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