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小栗の椿 会津の雪⑭

第四章 城下②
 
 
 奥方は間借りしている離れの座敷に木像を祀り、静かに手を合わせている。母堂は半日ほど寝込んだが、午後には起き出し縁側から風流な庭を眺めた。
 さいと三左衛門は、座敷と続きの間を間借りし、他の男達は長屋に部屋を割り振られた。
 慶応四年五月壱日。会津に辿り着いた家族が一息ついたのも束の間、予期せぬ知らせが横山家に届いたのは、夕刻のことだった。
 ガシャンと陶器の割れる様な音で、奥方の瞑想は破られた。『きゃっ!』という叫び声、『奥様!』ときし呼ぶ声。どたどたと音を立て廊下を走る音。
 奥方が、不安そうにさいの方を振り返る。
「見て参ります」
 さいは立ち上がり、縁側に出た。
    見事に整った庭が闇に包まれつつある。月の白さが空にぽっかりと口を開けている様に見える。不穏な気配がこの家を飲み込む様な気がした。
 声のする方へと足を急がせると、使者の間の廊下に、女中達が座っている。呆然としている者、啜り泣き袖で目を覆う者……。
「何事ですか? 奥方様が心配していますが」
 年配の女中に近寄り、小声で尋ねた。
「……殿が、お帰りになったのです」
 虚ろな目が部屋の中へと注がれていた。さいはつられて視線を移した。
 上座には、横山家の女達が並んでいる。家来と思われる男が畳に額をすりつけるほどひれ伏していた。
 その目前には、風呂敷の包み。緑色の唐草だった風呂敷は、殆どが朱色に染まる。結び目から見え隠れするのは髷だった。
 人の首だと気付き、さいは息を飲んだ。
「……殿自ら前線で采配を振るい、最後まで見事な戦いぶりでございました。敵の攻撃が激しく、御首を持ち返ることがやっとで……」
 顔を上げることなく、男は言った。
 きしが音もなく立ち上がり、風呂敷を解いた。女中達が声にならない悲鳴をあげる。
 眠っている様な白い端正な横顔。奥方が『見目麗しい』と言ったのも頷けた。生きていれば、……目を合わせ、微笑み、話しかけたら、どんなに凛々しい若武者だったろう。
「……」
 黙ったままのきしが、自然な仕草で夫の乱れた髪を整えた。
「ととさまが、かえりましたか」
 幼子が襖を開け、顔を出した。侍女が止めようとするより早く、父の元へ駆け寄る。
「ととさま、たかいたかい、してください」
 死を理解できない幼子の無邪気な言葉に、すすり泣きが嗚咽に変わった。
 きしは、我が子をひしと抱き、肩を震わせた。母に抱かれ、侍女達が泣くのを、不思議そうに見つめる幼子と、廊下に立ち尽くすさいの目が合った。
 死の目前に小栗上野介が頼りにし、家族を託した会津家老横山主税は、会津に辿り着いた二日後に無言の帰宅をした。
 
 
                 ◆
 
 
 その日の晩、離れの一室に男達が集まった。
 誰も信じられない思いが隠せなかった。会津の横山家老の屋敷に行けば……。その思いで、ここまでやって来たのだ。頼みの綱のあっけない討死に、運命に裏切られた気がした。
「兼五郎。村の様子はどうだった」
 三左衛門が話を振った。当主の死の混乱の中、権田村へ帰っていた二人が横山家へ辿り着いたのだ。
「四、五日で十日町へ戻る予定が、遅くなってすみません。帰る途中で、松代藩の兵に見つかり、四日ほど牢に入れられていました」
 兼五郎が低頭すると、三左衛門の眉間に皺がよる。
「その後、どうにか村に着きやしたが、藤七様にどんなに頼み込んでも、金はやれぬの一点張りで……。殿からお借りした金五百両はどうしたのかと詰め寄ったんですが、そんな金はないと言い放ちやがったんで」
「なんだと。あんなにも殿にひきたててもらいながら……」
 伝三郎の声が怒りに震える。
「ねえはずはねえ。聞いたところじゃあ、西軍が斬首の五日後に藤七のところに来て、『処刑は間違いだった。これで懇ろに弔え』と金を置いて行ったらしい。その金をご家族のために差し出す気もなかったんだ」
「間違いだっただあ? 取り調べもなく斬首しておいて……、それで、間違いだった?」
 房吉が鼻を啜りながら言った言葉に、誰もが耳を疑った。
「殿や磯十郎達だけじゃねえ、又一様も塚本様も翌日斬首されたんだ!」
 房吉が怒りをあらわにすると、兼五郎が目を伏せた。膝の上にある拳を震わせる。
「親類や他の村役人も当たってみましたが、兵に金目の物を巻き上げられたらしく、ひでえ有様で……。食っていくのに精一杯で金を用立てることはできねえと……」
 兼五郎が、三左衛門の前に居ざり、白い布に包まれた物を差し出す。
「二十両しか集められず合わせる顔もなかったですが、奥方様達が心配だったのと、どうしてもお耳に入れたいことがありやして、日光口から会津に入ったのでごぜえやす」
「ご苦労であった。よく戻って来てくれた」
 三左衛門が二人を労った。
「それで耳に入れたいこととは」
「へえ。塚本様のご家族のことにごぜえます」
 房吉がそう答え、三左衛門が遠くを見る様な顔をする。殿の斬首の後、又一や用人塚本の処刑は覚悟していたことだが、妻と年老いた母、三人の女児と幼い世継ぎは、縁者のいる七日市へと旅立ったはずだった。
「どうやら、二手に別れたらしいんですが、年老いた母上様と上の娘さんの二人は、山の中で自害されているところが見つかった、と」
 カタッと襖の向こうから物音が聞こえた。光五郎が襖を開けると、椀を落としたさいが青い顔をして立ち尽くしていた。
「それで、房吉さん。奥様はどうしたの?」
 転げた椀をそのままに、さいはふらりと座敷に入って来た。
「奥様の行方は知れねえ。もしかしたら、無事逃げたのかもしれねえ。けど……」
 房吉は辛そうに目を伏せ、言葉を継いだ。
「噂じゃ、松井田に小栗の奥方様を泊めたって言う者がいるらしい。塚本の奥様が名のったんだろうが……。その方は赤子を連れていたが、腹が減って動けなくなった二人の幼女を、川の中に沈めたと話したそうだ」
 さいが音もなく崩れ、ペタリと座り込んだ。
「そんな……」
 さいは身体をどうにか支える様に、畳に手を着いた。
「よく、知らせてくれた」
 三左衛門が長く息を吐いた後、続けた。
「奥方様達はお疲れでお休みだ。折りを見て、わしから伝えよう」
「いいえ」
 三左衛門の言葉に、さいが顔を上げた。
「隠していたとわかれば、傷つきましょう。明日の朝、私からお伝えします」
 三左衛門を見上げるさいの横顔が、凛として美しかった。
「女は強ええな」
 ぼそりと伝三郎がつぶやいた。それは独り言の様だったが、銀十郎は無意識に「ああ」と同意していた。
 隣で伝三郎が苦笑する気配がした。
 
 
                 ◆
 
 
 横山主税の葬儀も終わり、さいは風呂敷包みを二つ両手にぶら下げて通りを歩いていた。城の中堀に面したこの通りは、家老職を勤める大きなお屋敷が立ち並んでいる。
 蝉が鳴いている。季節は夏へと移ろうとしていた。
 塚本の家族の悲報を聞いた翌朝、さいは奥方、母堂、よきにそのことを伝えた。
『あの方は、この子を守ろうとしてくれたのですね。そして、塚本の血を繋ごうと、必死だったのですね』
 奥方は、臨月間近の腹に手を当てて、悲しみに耐えた。
 我が子の命を自ら奪うことが、どんなに辛い事か。責める気持ちにはならなかった。そうするしかなかったのだろう。
 けれど、夢中で竹蜻蛉を追いかけたあのあどけない少女の笑顔を、守ってあげられなかったことが悔しい。
 数日前のことを思い出し、さいは自然に足が止まっていた。
 固く縛った風呂敷の結び目が手に食い込む。何とか額の汗を拭い、さいは再び横山家に向かって足を進めた時だった。出会い頭で一人の侍とぶつかった。
「あ、失礼いたしました!」
 顔を上げると、まだ幼い面差しの残る少年と目が合う。少年は無言のまま一礼し立ち去った。気付くと、足元に守り袋が落ちている。
「あの。もし!」
 慌てて声をかけるが、少年は気付かないのか、振り返らずに日新館の方へ向かって行く。
「これ、落としましたよ!」
 風呂敷を汚さないようにやっとのことで、守り袋を拾い上げる。細い背中は日新館の前を通り過ぎようとしている。
「もう、お待ち下さい!」
 さいは、少年を追いかけた。重い荷物を恨めしく思う。
    日新館を過ぎた先で、少年が右に曲がった。見失っては困ると、さらに足を早める。
「ちょっと、待って下さいな!」
 路地の角を曲がり、さいが叫ぶと、少年は振り返り、ぎょっとした顔をして背を向ける。
「待ちなさいってば!」
 親切で追いかけているのに。頭にきて叫ぶと、少年は右手の屋敷に入って行ってしまった。はあはあと大きく息を切らして、少年の姿が消えた板塀の向こうを睨む。
 その途端、パンと何かが弾ける音がした。
「おい。何しているんだ?」
 声をかけられ振り返ると、路地の角のところで立っていたのは、銀十郎だった。
「銀ちゃん。どうしてこんな所に?」
「日新館に来ていたんだ。さいちゃんのでかい声が聞こえたんで、何事かと思って見に来たんだ。一体何の騒ぎた?」
 銀十郎が、しげしげとさいの姿を眺める。
 両手には特大の風呂敷包み。走ったせいで、汗はかいているし、足は砂埃で汚れている。かっと耳たぶが熱を持った。
「これを落とした人がいて、声をかけたのに、この屋敷の中に逃げちゃったの」
「逃げた?」
 言い訳する様にさいが言うと、銀十郎の右の眉だけが上がった。
 弾ける音が消えていた。裏門の潜戸がそっと開き、襷掛けをした女が顔を出した。
「何かご用ですか?」
「あ、ええと……」
 追いかけた少年ではなく、別の女が出てきて、さいは一瞬言葉に詰まる。
「お騒がせをして申し訳ありません。小栗上野介家臣佐藤銀十郎と申します」
 代わりに銀十郎が一歩前に進み出て答えた。
「まあ。小栗様といえば、勘定奉行もされたという。それでは、横山様のお屋敷にご家族がいらっしゃるお噂は本当なのですね」
「はい。横山様のところで世話になっています。こちらは、連れのさいと言います。先ほどこの守り袋を拾いまして、落とし主に声をかけたのですが、このお屋敷に入ってしまいました。お心当たりがありますか?」
 守り袋を手に取り、銀十郎が差し出した。
「これは、私が隣の家の悌次郎さんに渡したものです。悌次郎さん!」
 庭の方を振り返り女が呼んだ。さいよりも大きな声に、思わず銀十郎と目を見合わせる。
「本人に直接礼を言わせましょう。ここでは何ですから、どうぞ中へ」
 きっぱりとした物言いの女に促され、さいと銀十郎は、裏門を潜った。横山家の様な洗練された庭ではなく、一部は畑になっている。庭の隅にあったのは銃の練習場だった。
 物陰から銃を手にした少年が覗いていた。さいと目が合うと、再びペコリと頭を下げる。
「ほら。これを落としたでしょう。わざわざ拾って届けて下さったのですよ」
「あっ!」
 悌次郎が守り袋を受け取ると、軽い足取りでさいの前まで走って来た。
「これは、某の尊敬する方からいただいた大切な守り袋です。拾っていただき、ありがとうございました」
 悌次郎は人懐っこい笑顔を見せ、さいは面食らった。
「まあ、『尊敬する方』なんて調子のいい」
「八重さん。本当のことじゃないですか」
 八重と呼ばれた女性が呆れた顔をすると、悌次郎は拗ねた様な幼い表情になった。
「でも、どうして逃げたりしたのですか?」
 さいは腑に落ちない思いで尋ねた。確かに目が合い、さいを見て逃げ出したのだ。
「大きな荷物を持った女の方が、大声で叫ぶので、……物売りか何かかと思いました」
「物売り?」
 さいの声が尖るのと、銀十郎が吹き出すのは同時だった。隣を睨むと、銀十郎が口に拳をあてて笑いをこらえている。
 頭にきたが、どこかほっとした。銀十郎が笑った顔を見たのは、久しぶりだった。三国峠で敗れてから、時折虚ろな瞳で考え込んでいる姿を見て、心配していた。
「それに、什の掟がありますから」
「什の掟?」
 さいが聞き返すと、悌次郎は姿勢を正して目線を上げた。
『一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ。
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
一、うそ言を言うことはなりませぬ。
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ。
一、弱いものいじめをしてはなりませぬ。
一、戸外でものを食べてはなりませぬ。
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。
ならぬことは、ならぬことです』
 スラスラと得意そうな顔をして悌次郎が諳んじた声が、蝉の声と重なって空にとけた。
「什の掟は、会津武士の子なら誰でも習うものです。これを破ると罰せられますから」
 八重がすまなそうに付け足し、さいの手から風呂敷包みの一つを取った。重い荷物を縁側に置き、やれやれと疲れた手を休める。
「戸外でご婦人と立ち話をすることは禁じられておりますので。無礼をお許し下さい」
「まあ。会津のお侍様は、しち面倒なんですねえ」
 悌次郎が丁重に頭を下げ、さいは多少の皮肉を込めてそう言った。
「本当に。私もそう思います」
 真顔で同調する八重を、さいは好ましく思った。二人で目を見合わせてくすりと笑う。
「ずい分大荷物ですね。疲れたでしょう」
「平気です。子供の頃、米俵を持ち上げるもの男の子にも負けないくらいだったから」
「あら、私もだ。よく母上に叱られたっけ」
 八重は悪戯っ子の様に笑った。女の割にがっしりとした身体つき。愛嬌のある頬には笑窪が浮かぶ。
「さいさんの様な可愛らしい方が、意外に逞しいのですね」
「上州はかかあ天下と言って、女子の方が強いくらいですからね。男は肩身が狭い」
 銀十郎が女二人の会話に割り込んだ。
「まあ、そんな所があるなんて羨ましい」
 八重が本気にしたのか、真顔でつぶやいた。
「それにしても、会津では、各々の屋敷で銃の稽古が出来るのですか?」
 練習場の方を見ながら、銀十郎は尋ねた。
「我が家は代々砲術の家柄なので、特別です」
「そうでしょうね。どちらかと言えば、剣や槍を極めている方が多いのでしょう」
 寂しそうに首を横に振った八重を見て、銀十郎が納得した様に声を落とす。
「三国峠の戦でも、銃の数も性能も腕も、何もかもが劣っていた」
「佐藤様は、それでは……」
 八重が、はっとした様に銀十郎を見つめた。
「八重様。練習はもうしないのですか?」
 悌次郎が焦れた様に銃を持ち上げた。
「ゲベールですね。旧式の物とも違う様だ」
 銀十郎が、悌次郎の持っている銃を見た。
「ええ。改良しましたの。旧式のゲべールよりは、少しはまともに飛ぶようになりました」
「あなたが?」
 銀十郎が、意外そうに八重の顔を見返す。
「私と夫でです。夫は川崎尚之助と申します。日新館で銃の撃ち方を教えています」
「その銃、撃たせていただいてもいいですか」
「ええ。構いませんが……」
 八重の答えを聞く前に、銀十郎は悌次郎の持っている銃を受け取った。まじまじと銃を見ながら、練習場に向かう。
 四角の的を狙って、銀十郎は銃を構えた。細い筒から予想以上に大きい音が聞こえて、さいは思わず耳を塞いだ。
「すごい!」
 悌次郎が歓声を上げた。銀十郎の弾は、的の中心の赤い点を見事に撃ち抜いていた。
「撃ちやすい。いい銃に仕上がっていますね」
 銀十郎は、さらに弾を込め、素早く引鉄を引く。的には何の変化もないように見えた。
「……お見事!」
 八重が目を見開いて、手を叩いた。二度目の弾も的の真ん中を射抜いたのだとわかる。
「久しぶりに銃が撃ててすっきりしました」
 銀十郎は、銃を悌次郎に返し礼を言った。
「……夫を呼んで参ります。少々お待ちいただけますか」
 八重がそう言い残し、慌てて縁側を走っていく。さいは、銀十郎と目を見合わせた。
「三国峠というと、佐藤殿は町野久吉と共に戦ったのですか?」
 今度は悌次郎が尋ねた。
「いかにも。お若いのに立派な戦いぶりでした」
 答える銀十郎の顔が一瞬曇る。思い出す様に、遠い目をして空を見上げた。
「どの様な最期だったかお聞かせ願いませんか。久吉は、日新館で共に学んだ仲なのです。一緒に白虎隊に入る予定でした」
「白虎隊?」
「はい。年齢毎に隊を組み、玄武隊、青龍隊、朱雀隊、白虎隊があります。十六、七歳の者が白虎隊です。我々の仲間が、どの様に戦場で戦ったのか知りたいのです」
 夢中で話す悌次郎の目には、憧れと少しの恐怖が入り混じる。
 銀十郎が、小さく溜息をついた。
「承知しました。……久吉殿は、隊長の町野様の弟として、農兵や人足にも声かけを行い、親しまれていました」
「久吉は、誰にも人懐っこいやつなのです」
 悌次郎が嬉しそうな、それでいて、寂しそうな顔で笑う。
「三国峠の決戦の日は深い霧でした。しばらく続いた銃撃戦の後、久吉殿と四人の藩士は、敵に向かって槍一本で突き進んでいきました」
 銀十郎は、静かに語った。ごくりと悌次郎は唾を飲む。
「銃弾に倒れ、久吉殿は帰って来ませんでした。しかし、上州兵を何人もうち倒し、銃弾に倒れてもなお、最後の一撃を食らわしたと聞きました」
 悌次郎が真剣な眼差しで、熱っぽく語る銀十郎を見つめている。
「久吉殿は、我主小栗上野介の仇だった上州の兵を、討ってくれたんです。俺達の代わりに。それは、見事な戦いぶりでした」
「……ありがとうございました。久吉の最期を、白虎隊のみんなにも話してやろうと思います」
 悌次郎が、鼻を啜りながら続けた。
「そして、某も久吉に負けぬよう、正々堂々と戦う所存です」
「……ええ」
 銀十郎は何かを言いかけた後、言葉を飲み込んだ。
「早速行ってまいります」
 悌次郎は、居ても立っても居られないという風に、潜戸を開けて出て行った。
「悌次郎さん! 銃の稽古はいいのですか?」
 いつの間にか、縁側に八重と、もう一人男が立っていた。
「八重から話を聞きました。川崎尚之助と申します。是非、若い隊士達に銃の撃ち方をご教授いただきたい」
 尚之介と名乗った男がそう言って頭を下げた。


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