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愛たい

何も無い生活から抜け出したくて選んだ死。
僕は今、誰にも見つからない緑ばかりがそこで暮らす森へと向かった。
目の前にいかにも僕の何十倍も先輩であろう貫禄が伺える大木が居座っていた。
僕は感動し、せめてこの大木の養分になりたいと思いここで死を迎えることを決めた。

準備してきた物はたった2つ、縄とナイフのみ。
これさえあれば短いようで長かった僕の生なんて簡単に終えることができる。
人間なんで所詮そんなもんだ。
僕は木に登ってその逞しい象の足のような枝に縄を括り、自分の首へと誘った。
その時僕の耳に聞き覚えのない綺麗な旋律が流れた。
「貴方の死に方じゃ後が汚いし、美しくないから私は嫌いよ」
そう言って僕が今首を吊ろうとしている大木の裏からピアノの黒鍵のような髪をし、卵の殻のように白い肌をした沈魚落雁な美人が現れた。
この時眼球だけまるでコンクリートで固められたように目を離すことはできなかった。
僕はただその目の前にある美の塊に夢中になっていた。
「あら、私なにか変なことでも言ったかしら。独り言よ気にしないで」
彼女はそう言って地べたに座り僕を見つめていた。僕は木から降り彼女の前に立って、話しかけた。
「君はよくここに来るのかい」
僕は彼女の美しさのあまり思考できずただ口から零れたようにそう呟いた。
彼女は優しく微笑みながら
「今から死ぬ人がそんな事気にするなんて。変な人ね。ふふ、ここに来るのは気が向いた時だけよ」
そう言って立ち上がりどこかへと歩き出した。僕は聞かずにはいられなかった。
「ここに来ればまた君と逢えるかい!」
焦って変に大きい声量になった。彼女は一言だけ
「ええ。ここが赤く染まる頃に」
そう言って僕の視界からゆっくりと消えていった。

そして3年の月日が流れた。あれから僕は毎日あの森へ訪れているが1回も逢えずにいた。
僕は死のうと決めあの場所に足を運び彼女に一目惚れをし、再会することだけを生きがいに社会の犬でいることを我慢してきた。
しかし3年もあの約束は果たせていない。
きっとその場しのぎの彼女なりの止め方だったのだと僕は思うことにした。
逢えない、そう考えると辛かった。もっと早く気づいていれば…
いや、そんな事とっくに気づいていたのかもしれない。
心のどこかで否定したかっただけなのかもしれない。
僕は「今度こそ…」、そう決断しあの森でもう一度死を迎えることにした。

今回は首なんて吊らない。
だって彼女が嫌がるから。
持ってきたのはナイフのみ。
僕はあの貫禄溢れる大木にもう一度挨拶を交わし、肩を借りるようにもたれた。
ナイフをゆっくりと腹部に捻じ込んでいく。
生あたたかい赤が僕の中からゆっくりと外の世界へ姿を見せる。
共に強烈な痛みが僕を襲った。
耐えきれず僕は捻じ込んだナイフを抜き、喉元を切り裂いた。
今度は大急ぎで外の世界見たさに僕の中に残っていた赤が我先にと走り抜けた。
意識が朦朧とする中1度だけ聞き覚えのあるあの綺麗な旋律が耳に流れた。
「綺麗な赤に染まったわね。」
僕はたったその一言を聞きたかったんだと思い静かに目を閉じた。
ずっと君に愛集った。
その瞬間微かだが目の前にいつの日か見た、綺麗な黒髪が見えたような気がした。

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