映画『ラブライブ!サンシャイン!! 』感想│Aqoursという虹に感じた未来とSaint Snowについて思い出したこと

2019年1月4日に公開された映画『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie Over the Rainbow』を今さらながら見てきた。μ'sが活躍した前作の劇場版を含む『ラブライブ!』シリーズと『ラブライブ!サンシャイン!!』のTVアニメを踏まえた上での鑑賞となったが、想像以上に胸を打たれたので雑ではあるが感想を書き連ねていく。

個人的にはSaint Snowの印象が強かったため「Saint Snowパねぇ!」という書き出しから、映画全体についての話になっている。加えて大層なことも書いていないどころか正直な話、自己満足のメモ書きだ。あしからず。

●Saint Snowについて

今作では、TVシリーズで乗り越えた様々な出来事、その先を描く以上、3年生の卒業やそれに付随する下級生たちの今後と向き合わなければいけない。

劇場版なのでAqoursが描かれるのは当然のこと、まさかのSaint Snowの今後についても描かれていた。正直、劇場版についての前情報はTVCMの流し見くらいだったので、チェック不足と言われたらそれまでの話だが。

Saint Snowについては、TVシリーズを何度も見返していないこともあってか、賢い姉さまと真っ直ぐだけど面倒な妹という印象。

そんな彼女たちが劇場版で掘り下げられるとは思わず、上映中に不意打ちを食らった。そこで思い出したのは、彼女たちがAqoursの一歩先を歩む強者であるということだ。まぁ作り物である以上、当たり前っちゃそうなのだけど。

尺の都合はあるものの、思いのほか色濃く描かれた彼女たちの未来はAqoursとのライブで大きく決することになった。

姉さまが抜けた後の自身というスクールアイドルについて、上手く向き合って答えが出せない理亞。朝練として走っていたら、姉さまが決勝で使うはずだった衣装を手に待っていて、さらに中継でAqoursとライブを繰り広げるびっくりな展開。個人的に『ラブライブ!』シリーズ自体をミュージカルアニメと捉えているので、今さら特に気にすることはない。

そんな中で行われたSaint Snowの(恐らく)ラストライブ。決勝のために用意していたという『Believe again』を披露した彼女たち。なお、自分は音楽の知識に疎いため、彼女たちの楽曲はメタルとヒップホップを織り交ぜたアッパーチューンとしか捉えられていない。

しかし、そんな自分でもSaint Snowの堂々たる表情やパフォーマンス、存在感からは、彼女たちがAqoursの先を往くライバルなのだと改めて感じさせられた。それは努力に裏打ちされた実力からの余裕か、迷いを振り切った姉妹の絆か、要因は分からない。ただ“Saint Snowは強者である”と思い出すには十分なパフォーマンスだった。

なお「こんなシナリオだから、パフォーマンスシーンもそういう仕様だ」なんて言われたら元も子もないので耳を塞ぐ。

完成されたアイドルのA-RISEはSaint Snowのように悩むことはなかった。裏では悩んでいるかもしれないが、それが描かれることはなく最強の象徴として君臨し、ときにμ'sを助け、ときにμ'sに立ちはだかり、未来に対して(恐らく)すんなりと答えを出して穂乃果に伝えていた。

だが、Saint Snowはそこまで器用なユニットではない。全国区のNo.1アイドルとして他を蹴散らすこともなければ、極端な話で言えば中途半端な結果で終わっている。パフォーマンス中のミスもあり、ライバルとして『ラブライブ!』に登場したA-RISEとは同じポジションとは言えない。

しかし、A-RISEでは見られなかった成長がTVシリーズや劇場版を通して描かれていた。Aqoursの先を往くものの、決してトップを勝ち取ることはなく、艱難辛苦を味わい、その度に成長する。そんな成長はステージを乗り越える度、さらにはAqoursとの関わりや切磋琢磨した末に見られるものばかり。

すなわち、Saint SnowとはAqoursにとっての強敵であり、ライバルであり、友達であり、戦友であり、同志であるのだ。チープな言葉でしか綴れない己の語彙力を悔やむばかりだが、言いたいのは正直それだけ。2ユニットの絶妙なバランスが魅力のひとつなんだと、劇場版を通して気がついただけの話だ。

●Aqoursについて

個人的に『ラブライブ!サンシャイン!!』は、妙に現実味を帯びているところが大きなポイントだと思っている。最初のライブは数字だけを見れば成功とは言えず、全力を尽くしたにも関わらず廃校は免れない。当然、3年生は卒業するがAqoursは終わらずに新たな活動形態を模索することになる。

それぞれの比率は偏るが、そんな泥臭さがAqoursとSaint Snowの両軸で描かれていたと思う。ラブライブやスクールアイドルという存在に見据えるものは異なるが、ラブライブ優勝を目的としたSaint Snowと、ラブライブ優勝を手段として廃校を救おうとしたAqours。挫折を味わい、それでも這い上がる泥臭さ、そしてそれらを感じさせない前向きな少女たちはTVの向こう側で成長を魅せ、劇場スクリーンでその先の未来を提示してくれた。

個人的な解釈として「虹=フルメンバーのAqours」だと考えている。劇場版で描かれているのは、Aqoursのその後と向き合う、各キャラクターの姿だ。

3年生は答えを出した。あくまで卒業生として、次世代のAqoursを誰よりも想って多くを語らず、ラストでは背中を向けて新たな一歩を踏み出した。

2年生は成長した姿を見せた。最初期に動き出した3人は、今のAqoursをどうやって魅せるかを成長した自分自身をもって考えた。

1年生はまだまだ走り続けられることを自覚した。上級生の後ろ姿を追いかけていた3人が、他の6人と肩を並ぶことができたTVシリーズ。そして今作では、自分たちもAqoursを引っ張っていくんだと自覚し、行動することができた。

そして、虹を超えた先には何が待っているのだろうか。

もしかすると劇場版で描かれていたのは、9人が虹を越えた向こう側の明日なのかもしれない。そう思うと、最後のライブシーンにも感慨深さを感じる。ステージ上のアーチには虹が描かれており、その下でパフォーマンスをする6人と、それを背に歩みだす3年生組。いちにわかファンと言えど相反する気持ちが内心で渦巻き、もどかしい気持ちで胸が苦しい。

しかし、虹を超えた先は誰にも分からない。

ただ、今作では思い出すことができた。
輝かしい過去を胸に秘めた少女たちを。

感じることができた。
今という一瞬を輝くために虹を乗り越えた少女たちを。

見届けることができた。
未来と向き合って答えを出そうと手を伸ばしている少女たちを。

まだ見ぬ明日に答えを見出した9色の虹。彼女たちの未来に幸あれ。

投げっぱなしで終わるが、これが感想なのだから仕方ない。
とりあえずTVシリーズを復習しつつ上映期間中はもう一度、劇場に足を運びたいと思う。


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