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『居酒屋の失敗』第三章「失敗の原因」その3

6.思い通りの接客が出来なかった


(1)余裕が無かった

 前項までは、誰にでも分かりやすい失敗原因を挙げたのだが、ここでは自分にしか分からない、ある意味失敗の本質というか、自分の中では最も誤算となってしまった事項について書いてみたい。それはタイトルにもある通り「思い通りの接客が出来なかった」事である。

 そもそも居酒屋開業の一番の動機であり、成功の最重要事項と位置付けていた「ホスピタリティ溢れる接客」について、それが出来なかったと自覚するのであれば、これはもう素直に白旗を挙げるしか無いと言えるだろう。そして思い通りの接客が出来なかった最大の要因は、色んな意味で「余裕がなかった」事である。

 飲食業界出身ではない中、日々の酒場放浪から理想の居酒屋像を追い求め、それが自らの中で確立されたからと開業に踏み切ったまでは良かった。
 しかし、多少の飲食業経験と事前の約4ヶ月の修行程度では、実際にゼロから店を立ち上げて運営していくのは想像を遥かに超える大変さで、無理があったと認めざるを得ない。特に内装工事が終わり引き渡しを受けてからオープン3ヶ月くらいまでの間は「無限地獄」と思うほど大変だった。

 オープン前は、オープン日が迫るなか、連日整理しても一向に片付かない店内で、メニューはほぼ事前に決めてあったにも関わらず厨房が使える状態に中々ならず、試作も全く出来ない状態。
 それでもなんとか準備を終え、オープン直前には、先述の事業計画書にあるように、バイトに自作の接客マニュアルにて入念な研修を行ったが、肝心の店主である自分自身がとても満足な接客が出来るような余裕が心身ともに全く無かったのである。

 そしてオープン後も毎日朝早い時間から仕入れ、仕込みに追われ、連日オープン時間との戦い状態となってしまい、本当に気が狂いそうだった。元来、超ポジティブを自認していたにも関わらず、ウツになるかと本気で思った。
 帰宅後に寝ても見るのは営業の続きの夢ばかり。それもイヤなお客の対応など悪い出来事ばかりの文字通りの「悪夢」であった。そんな毎日に嫌気がさして、真剣に「周囲に一番面目の立つやめ方は、調理中に大ケガでもする事かな…」などと本気で思ってしまったりもしていた。

 更に追い打ちを掛けるような、大き過ぎた計画には全く足りない売上にどんどん消えていく自己資金。「夢」を叶えたはずだったのに、気が付けば連日が「地獄」と思うようになってしまったのでは、続ける意義すら無くなってしまったのも同然で、もう「接客」どころの話では無くなってしまったのである。

前職でも徹底してこだわった接客だったのだが…

(2)苦手なお客が多かった

 もう一つの要因として、夢にまで出て来た自分が苦手とするタイプのお客が非常に多かった事がある。開業前は自分について、社交的だし、誰とでも物おじせずに話せるし、話は聞き上手で相手に合わせられるし、「どんなお客が来ようと大丈夫だ!」と自信を持っていた。
 ところが、いざ蓋を開けてみると、なんと苦手と言うか、イヤなタイプの人が多い事かと途方に暮れてしまったのである。

 原因を考えてみるに、四大卒で一部上場企業に就職したが、その会社でやっていた仕事は主に「工事の発注」であり、請負業者側からは「お施主様」と言われるくらい世の中的に言うとかなり強い立場で、それにすっかり慣れてしまっていたというのがある。仕事相手も、主に設計会社、ゼネコンなどの人間で、現場作業員(職人さん)と接する機会はほぼ皆無で、現場を離れた際の付き合い方だった。
 また、会社も基本的には四大新卒のみの採用で、社員全員がそれなりの節度や分別を持ち合わせており、仕事やプライベートな付き合いでも特に威圧的な態度を受けるような事もなく、スマートに事が運んでいた。

 ところが居酒屋となると様々な人達とも接するようになる訳で、当然今まで接点の無かった職人さんなどもお客となる訳で、その中には当たりの強いオラオラな人も居る訳で、そういう人がかなり苦手だと早々に判明し、相当苦労させられた。特に年配のその手のお客相手が本当にストレスでしか無く、「おもてなし」どころの騒ぎでは無かったというのが実情である。

 そもそも飲食店というのは、かなり「お客に見下されている」というのは紛れもない事実であり、特に居酒屋は押しが強いお客の方が圧倒的に多い中で、それまで接客はもとより、ろくに人に頭を下げる仕事をして来なかった、ある意味「ぬるま湯」に浸かってきた人間が、いきなり接客を軸に居酒屋をやるというのは無理があったのである。

 このオラオラな客のエピソードは雑誌やテレビで取り上げられた際もネタにして頂いたのだが、それ以外にも色々あったので、改めて営業時のエピソードとして後述としたい。

元がスペインバルの居抜き店舗


内装はほぼ全面やりかえ


老舗大衆酒場の雰囲気へ

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