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魔法使いになれなかった少年少女たち

11月26日(金)からタリーズ全店舗にてハリーポッターとのコラボ企画が始まった。期間限定ドリンクやスイーツが楽しめるほか、タンブラーやエコバッグなど各種グッズを購入することができる。

私もコラボベアフル(ホグワーツの制服を着用したくまのぬいぐるみ)を入手すべく、午前の用事を終えてから近くのタリーズを訪れた。しかし時すでに遅く、限定グッズはとっくにすっからかんになっていた。荒涼とした売り場にカードケースとマスキングテープだけ数個残っているのがなんとも物悲しい。

店員さんに聞くと、開店直後の午前中にはほとんど完売してしまったそう。出遅れたことを後悔するとともに「絶対に転売目的の人もいるじゃん!」と地団駄を踏み、実際メルカリやヤフオクでベアフルが倍近い値段で出品されているのを恨みがましい目で見ながらこれを書いている。


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こうした企業コラボが盛り上がるたび、日本人ってハリポタ好きだよなあ、としみじみ思う。映画は定期的にテレビ放送されるし、USJには広大なハリポタエリアが存在する。

私も数年前にUSJに遊びに行った時にはハリポタグッズを買いまくり、寒空の中を数十分並んでライドアトラクションを体験した。まるで箒で飛んでいるような映像と浮遊感を楽しむことができて、機会があればもう一度乗りたいと思っている。

しかし、ハリポタ愛好家の中で原作を最後まで読了している人はいったいどれだけいるだろうか。USJでも大人気の蛙チョコや百味ビーンズはどれも『賢者の石』に登場するお菓子で、暴れ柳は『秘密の部屋』、ホグズミード村のバタービールは『アズカバンの囚人』に登場する。

つまりハリポタという商業ジャンルは『賢者の石』から『アズカバンの囚人』内の世界観に留まっており、それ以降の物語やグッズに触れることはあまりないように思う。ハリーポッターという作品があまりにも長大かつ綿密だから仕方ないかもしれないが、例えば『不死鳥の騎士団』が一番好きな人などは、「ちぇっ、ずる休みスナックボックスは商品化してくれないのかよ!」とかひそかに不満を抱いているかもしれない。

かくいう私も、実はいまだにシリーズの最後まで原作を読めていない。ダンブルドア校長やハリーの仲間たちが死んでしまうのが悲しくて、6巻と7巻だけ手つかず状態となっている。

しかしハリーポッターとの出会いは衝撃的で、あれほど夢中になって読んだ本は後にも先にもないと断言できる。それどころかその後の読書体験にも大きな影響を与えることになったので、ハリポタの魅力、もとい魔法は恐ろしく強大だなあと今でも感服している。


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出会いはさかのぼること二十年以上前、小学校の図書室に貼られた掲示物だった。少年写真新聞社が発行する小学図書館ニュースで、当時じわじわと人気の出ていたハリーポッターシリーズが特集されていた。

詳しい内容は忘れてしまったが、「魔法使いの男の子」「魔法学校」「イギリスの作家」といった単語が並んでいたと思う。なぜか記憶に残っているのは『秘密の部屋』の表紙絵で、石造りのまがまがしい部屋を颯爽と飛行する赤い鳥の絵に魅了された。

外国のファンタジー小説はほとんど手つかずだったが、この本は一度読んでみたい、読まなきゃいけないと直感した。しかし図書室には入荷していないし、町の図書館に電話しても予約がいっぱいだという。高価な本を買えるほどのお小遣いもない。

しかし幸運なことに、季節はクリスマス目前だった。クリスマスプレゼントとして親に1~3巻セットを注文してもらい、近所の本屋さんで受け取った。まるで国語辞典みたいに分厚くてずっしり重いので驚いたが、立派な本をもらうのは初めてだったので嬉しかった。

長い長いお話だけど、冬休みの間に全部読んでしまおうと決意した。クリスマスの翌日、さっそくベッドに寝転がって本を開くと、ダーズリー家の階段下の物置の中にいた。意地悪な親戚、孤独なハリー、ある日届いたホグワーツからの手紙。大男ハグリッドの登場とともに私もハリーと一緒に魔法界に迎え入れられ、ダイアゴン横町を歩いていた。そして9と3/4番線からホグワーツ特急に乗り、ホグワーツ魔術学校へ。

磁力にぐいぐいと引き寄せられるように何時間も読みふけった。読んでも読んでもたっぷりとページ数が残っており、いつまでも魔法の世界に浸っていられるのが幸せだった。あまりにも面白くてずーっと読んでいたいのに、あっという間に夕方になり夜が来てしまう。一日が短すぎて悔しいなんて、こんな読書体験は生まれて初めてのことだった。

国語辞典のような本をたった2日で読み終わってしまいびっくりした。ホグワーツの一年間をめいっぱい楽しんだ満足感とともに、自分はこんなにたくさん本を読むことができるのだと達成感も覚えた。けれど『賢者の石』の次は『秘密の部屋』、その次は『アズカバンの囚人』が待っている。まだまだハリー達とたくさん冒険できるのだとわくわくしながら、さっそく次の本を開いた。

外で遊ぶよりも本が好きな子どもだったが、小学生の頃はもっぱら図書室の児童書ばかり読んでいた。大人が手に取るようなハードカバーの本は自分にはまだ早いと、心のどこかで決めつけていたのだ。

ある日母から、ハリーポッターシリーズは世界中で翻訳されて読まれているのだと教えてもらった。子どもだけでなく大人も夢中になる作品だという。そこでハッと気づいた。私はもうとっくに、大人と同じ本を読めるようになっているんじゃないか?ハリポタの本はあんなに分厚くて難しい単語も多かったのに、私はあっという間に読んでしまった。ならばもっと大人向けの本も読めるんじゃないだろうか?

この出来事がきっかけで、私は町立図書館のYAコーナーや一般書コーナーも歩き回れるようになった。図書室のかいけつゾロリやズッコケ三人組を卒業し、あさのあつこや金原瑞人に入学した瞬間である。ダレンシャンなどのダークファンタジー物におそるおそる手を出すようになったのもこの頃だ。読書の幅がぐんと広がった。


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これまでの読書人生で転機となった本にはいくつも出合ったが、ハリーポッターも間違いなくそのうちのひとつである。多くの人にとっても忘れられない出合いだったからこそ、あれだけのベストセラーとなり社会現象になったのだろう。

ハリー達の物語は終焉を迎えたけれど、彼らとの冒険の思い出は人々の心に留まり続ける。だからUSJを訪れる人は絶えないし、企業とのコラボも毎回盛り上がる。魔法使いや魔女にはなれなかった分、ハリーポッターと名のつくものにはどうしても惹かれずにはいられない。

私達は魔法界やホグワーツに少年少女のような憧れを抱いたまま、今生きる現実と折り合いをつけて生きていくのだ。

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おしまい








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