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スズキの技術戦略説明会に心から感動。小さくとも真摯な者に物理の神は微笑む

 7月11日、スズキ株式会社(以下スズキ)は「技術戦略説明会」を開催した。都内のイベント会場で開かれた説明会に何とかリアルで参加しようするも、どうにも調整がつかず、やむを得ずリモートで参加したのだが、この説明会がすごかった。

 事前に広報担当から何度か案内をもらっていたけれど、こうした説明会はそもそも10年以上やっていなかったとのこと、さぞかし特別な内容なのだろうと期待が高まる。

 で、どうだったのか。

 期待をはるかに上回る驚きの正論であり、多くの人が忘れていた基本中の基本をもう一度思い出させるという意味で、極めて骨太、かつスズキらしさに満ちた発表会だった。

 正しく、清々しく、これ見よがしのひけらかし感がない。筆者は何度も目頭が熱くなるほどの感動を覚えた。

 スズキのど真ん中にある行動理念は「小・少・軽・短・美」。まあ日本語を母語とする人なら言わずもがななのだが、説明しないわけにもいかない。「小さく」「少なく」「軽く」「短く」「美しく」だ。

EVの認知に大きく寄与したテスラの「ゼロカロリー理論」

 一度話は変わる。世をあげて環境の時代である。京都議定書やパリ協定を受けた「エコ」というテーマに対して、世界中の自動車メーカーが真剣に取り組んだのは、言葉を選ばずに言えば「ケチケチしたクルマ作り」であった。

 例に出すとちとかわいそうだが日産の電気自動車(BEV)、初代リーフが正にそういうクルマだった。電欠に怖え、寒くてもヒーターを入れられず、価格に対して装備は貧弱。それはそうだ。環境問題が求めているのは極力エネルギーを使わないこと。パリ協定の言う通り、人類の存続を賭けるレベルで節約が求められているとなれば、ユーザーも含めてみんながギリギリの我慢をすることになるのは考えれば当たり前だ。

 そういうBEVに革命を起こしたのはテスラである。それが何かと言えば「大・過・重・長・煌」だったと思う。飛躍的な発想で「我慢のクルマ作り」をブチ壊した。「BEVはゼロエミッション」という大前提に立ち、「だからどんなにエネルギーを無駄遣いしてもゼロカロリー」というサンドウィッチマンみたいなことを言い出した。とりあえず製造時の話とか発電時の話は全部棚上げである。

「我慢しなくていい」幻想を持たせたから人気になった

 これはユーザーにとって大変都合が良い。地球に住まう全員が窮屈な思いをして、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、不自由を我慢することでエネルギーを節約するよりも「ドーナツは穴が空いているからカロリーゼロ」にしてしまえば、これまで通りのやりたい放題が続けられる。

 でっかいバッテリーを搭載して、0-100キロ加速を爆速にして、モデルによっては2トン超え。そうするとユーザーはテスラを買いさえすれば「その時いっぱいお金を払う」ことで、義務を果たした環境優等生になり、日々の生活は何一つエコを意識することもなくこれまで通り贅沢のし放題が可能だ。いわば脱炭素の免罪符である。売っているのはカソリック教会ではなく、テスラである。しかもお求めはwebでワンクリックするだけだ。

 ただし、勘違いする人もいそうなので、テスラの名誉のために言っておくが、BEVが我慢に我慢を重ねる代物だったらどう逆立ちしても普及はしなかった。そこにゼロカロリー理論で贅沢三昧ができるコンセプトを打ち立てたことでEVライフは俄然楽しくなる。その結果、普及するのだ。実はマーケットの「我慢は嫌だ。鬱陶しい」というニーズが先にあり、テスラはそれを上手く掬い取ってビジネスに仕立てた。

 「大・過・重・長・煌」。貧乏臭くなく、すごい性能で、重いバッテリーを床下に搭載しているから重心が低くて、ホイールベースが長いから室内も広くて、なにより煌びやか。EVライフはおしゃれでトレンディなもの──という幻術を世界にかけたのである。

イメージ戦略は真面目なエンジニアの口をふさぐ

 まあ概ね嘘なんだけれど、そういう嘘がなければBEVは普及しない。「BEVを普及させるためには手段を選ばない発想も大事だ」。それは真面目なエンジニアには薬にしたくとも出ない発想であり、テスラのゼロカロリー理論があったからこそBEVはある程度普及した。

 ただし、その帰結として、0-100キロ加速を速くすればエネルギー消費が多いのは当たり前、重ければエネルギー消費が多いのは当たり前。冷静に物理法則に則って考えれば、でっかいバッテリーはエコの対極にある。

 真面目なエンジニアの思考の隙を突く形で、商業的成功を手にしたテスラを前に、エンジニアは正論が言えなくなっていく。「そんなこと言ってるから周回遅れになるんだ。テスラを見習え」と。

 真面目に考えに考えて、バッテリー搭載量を減らしたマツダのMX-30 EVあたりは、EVマニアから散々のバッシングを受けた。マツダの広報部員がMX-30 EVに乗ってEVのミーティングに行ったら、酷い目に遭ったらしい。「いやもうホントボロクソに言われました。もう二度と行きません」と言っていたくらい。「バッテリーがドカ盛りじゃないダサいBEVは要らない。別にエコとかどうでもいい。俺は電池の心配をしなくていい、イケてるBEVに乗りたいだけ」という話である。

 流石にチト行き過ぎである。彼らはもうイケてるしか頭にない。色々考えて実はこのくらいの搭載量が適正ではないかという提案を受け止めて考える知性がゼロカロリーなのだ。

スズキは淡々と事実で圧倒する

 さて、話はようやくスズキに戻る。昨今、LCA(ライフサイクルアセスメント、原料採掘、製品製造から使用、回収までのトータルで評価すること)で見た時に「ゼロカーボン」「カーボンニュートラル」は簡単な話じゃないことは理解が進んだわけだ。

 そこでスズキは見事な正論を言うのだ。「カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの収支を全体としてプラスマイナスゼロにすることです。つまり出したCO2と同じ量を吸収や除去することで実現できます。排出するCO2が少なければ、取り返す量が少なくて済みます」

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