第0回 FAB前提社会における企業活動のこれからを考える

本連載は「慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下ワーキンググループ)」活動の一環として2012年から検討してきたFAB前提社会における企業活動の様相について「ファブ前提社会ビジネスビジョンプロジェクト」と題し、インタビュー形式で概観したものです。

インタビューにご協力いただいたのは、2012年から今日に至るまでFAB前提社会に関する検討会にご参加いただき、自身も実践者として企業活動を行っていらっしゃる6名の企業人の方々です。インタビューを通じて、2012年から現在に至るまでに自身が感じた社会の変化、考えざるを得なかったような障壁、今後の展望などについてうかがいました。

今回はインタビュー掲載に先立ち、連載第0回目と称して、FABエコノミーの発展を支えている技術的・社会的背景や、FAB前提社会におけるビジネスとものづくりのあり方を紹介し、FABについての基本的な理解を深めたいと思っております。

コンソーシアムの概略とその背景となる視点、社会認識、問題意識

慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループとは、創造的生活者による市を担う〈人〉〈商品〉〈空間〉〈制度〉などを理解すること、そして、新たな企業活動のアクションプランを参加企業の恊働によって創出すること、この二つを目標として2015年に設立されました。

これまで見過ごされてきた生活者のニーズは、インターネット前提社会のなかでますます顕在化しつつあります。その結果、様々な形で支援を受けた事業者─ それが個人であれ、組織であれ ─は、見過ごされてきた生活者のニーズを満たす製品やサービスをこれまでにないスピードで発表するようになりました。

企画・開発・広報と資金・材料調達と試作・販売が極めてリーンに、かつ、並行して展開できるようになった結果、一点モノでも試作品でも、あらゆるモノが販売可能な市において発表されていることを私たちは見過ごすわけにはいきません。

さらに、iFixitやGitHubのように生活者間でモノの協創・修理・改善・改変を促すプラットフォームも普及しつつあります。情報と物質が等価に扱われることが可能となった結果、プログラマがコードを共有するかのようにモノの修理方法も共有されるようになってきたのです。

こういったリーンな活動や生活者間の共創はインターネット上にとどまらず、実空間にも影響を与えています。モノづくり教育・実験・制作と社交・創発が混在した超複合型商業施設としてのFabLabやTechShopなどのFABスペースが現在、日本各地に立ち上がり始めています。

このような新しいモノづくりに関する活動は、デジタルファブリケーション技術の進化によって今後さらに加速し、変化していくと考えられます。

つまり私たちは今、生産と消費、デジタルとフィジカル、ウェブとリアル、ユーザとデザイナーのあいだにある新たな交換様式としての「FABエコノミー」を理解し、その上で未来の生活を思索・試作しなければなりません。

総務省の検討会(「ファブ社会の展望に関する検討会」及び「ファブ社会の基盤設計に関する検討会」)においてもすでに議論されましたが、インターネットと従来の製造業の文化の衝突は避けることができないのです。

しかし、その衝突の中からFABエコノミーに基づくビジネスを実践する企業も出始めています。このようなビジネス活動を私たちは「共生に基づくFABエコノミーの生態系」(symbiotic ecosystem of fab economy)の一部として捉え、新しい企業活動のあり方を参加企業間の恊働によって創出していきたいと考えています。

- 2017年度 ファブ地球社会コンソーシアムワーキンググループ活動成果報告の前書きより抜粋

2015年度はFABエコノミーを構成する「空間」を、2016年度は「人」を対象に、それぞれ既存のFABコミュニティーへの観察やインタビューを通じた調査を実施し、その結果を受けたディスカッションを行いました。また、2017年度はFABエコノミーを具現化、表象する「品」を対象としたデスクトップリサーチを行った他、FAB前提社会を構成しうる商品についての未来シナリオの執筆を行いました。

FABエコノミーにおけるものづくりとビジネス

FABエコノミーの台頭によって、企業や専門家の役割、提供する製品やサービスのありようも変わってきています。情報と物質がインターネットを通じて架橋された社会においては、誰もがデザイナーになれるかもしれません。これはすなわちデザイナーの定義が根本的に変わることを意味します。その中では当然、設計する製品やサービス、企業のあり方も変わっていくはずです。これらFAB前提社会の可能性について、過去3年間のワーキンググループでの検討から様々なことがわかってきました。

ここからは、FAB前提社会を理解する上で重要ないくつかの変化について見ていくことで、それらがいかなる影響をもたらすのかを考えてみましょう。

まずFAB前提社会、つまり「誰でもつくれる社会」においては「アイディアを募ること」「一緒につくるチームをつくること」「お金を集めること」「プロトタイプすること」「ユーザーを見つけること」「製造拠点を見つけること」、そのすべてがオンラインで、あるいは一人でも十分できる状態にあるはずです。これは実際に、PinterestやKickstarterなどではすでに実践されています。

また「改変と継承」を前提としたものづくりのあり方もFAB前提社会の特徴でしょう。
情報系ではおなじみの考え方かと思われますが、オリジナルの制作物に関して、完成版だけでなくレシピや制作過程、ブランチといった、部分に分解可能な構成要素が存在するようになるわけです。つまり完成品だけでなく、それらすべての断片を「モノ」や「データ」として販売・共有することが可能になります。また同時に、必ずしも完成版のみが必要とされるわけではなくなっていく、半完成状態の価値が創出されることも重要な点でしょう。

たとえばShapewezというWebサイトでは、ユーザがアップロードしたプロダクトのデータを金属やプラスティックをはじめとした様々な材質のフィラメントで出力し、受け取ることが可能になっています。当然これらは別のサイトで販売することもできますし、データそのものの売買も増えていくでしょう。

また、3Dスキャナの精度向上によって、ますます「物質」と「データ」の境界が曖昧になってきています。つまり、実存するモノとデータ上のものを等価に扱いうるわけです。こうした中では、身体のデータなどは従来よりもはるかに個人情報と密接に関わるものになるといえます。

これらに付随する問題について現状を見てみると、データと法律の関係やものづくりにおける改変や継承に関して「法のデザイン」の著者である弁護士の水野佑さんがクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)などを駆使し、法律を「守るため」だけではなく「攻めるため」に活用すべく活動を展開しています。具体的にはデータにおいてオープン化する部分と保護する部分、その保護の仕方に至るまでを設計することを通じて、目的に合ったユーザーとの関係性を構築することを可能にしています。

FABエコノミー構築の役割を担う「プラットフォーマー」らにはFABの生態系をつくっていくことが求められるかと思います。そんなFABの生態系は具体的にどのような様相を呈するのでしょうか。2016年9月号の一橋ビジネスレビューでは新しい産業革命と題し、経営戦略・イノベーション論・マーケティング論など広い分野の有識者が、社会が今後どのような変貌を遂げるのかについて論じています。同誌においては水野、渡辺が『デジタルファブリケーション 設計しきら(れ)ない設計』と題してFAB前提社会について言及していますが、他の論者も同様の示唆を行なっています。たとえば、限界費用0社会の到来や、意思決定の分散化、脱中心化の可能性といったように、共通の問題認識があることがわかります。

また、資金調達のあり方としてクラウドファンディングの活用も増加してきています。

中でも、筑波大学の落合陽一准教授によるReady forのクラウドファンディングにおいて投資をすることのメリットとして、プロジェクトへの貢献や返礼品だけでなく「税控除の対象にもなる」ことが記載されているのは注目に値するでしょう。つまり「共感」「投資」「寄付」「自己実現」が全部セットになってクラウドファンディングが成立しているわけです。ここでこうした流れを企業側の人がどう受けとるか、すなわち、従来型の営利目的の活動以外の価値をいかに見いだすのかが争点になってくるわけです。

加えて、素人と専門家の境界も曖昧化しています。すなわち、誰がものをつくるのかが再定義されようとしているわけです。この結果として企業やデザイナーにおいても、ものをつくるための素材やデータの標準化を担う活動、DIYを支援するための活動、受動的な消費者が能動的な消費者として活躍できるようにデザイン環境をデザインしていくメタデザイン、といったようにジャンルや役割が拡張されはじめています。
さらにFAB前提社会において、誰もが主体的に自分の生活をつくるためにデザイン活動に関わるのであれば、標準化に加えてカスタマイズ可能性が重要になってきます。ゆえにこれを実現するパラメトリック・デザインシステムをいかにつくるのかも検討されるべきでしょう。

以上のようにFAB前提社会を形づくる変化とその影響について考えると、FAB前提社会とはこの2つの軸の上を揺れ動くもの、あるいはこれまで対極にあったこれらの架橋を可能にするものとして理解できます。

図に挙げたように、企業活動が占める領域と個人活動が占める領域、標準化による大量生産とカスタマイズ可能性、仕事と遊び、などの境界が曖昧化する中で、それぞれの流れをいかに見てとるのかが企業活動を推進していく上でも重要なものになるのではないでしょうか。

ここまで、FAB前提社会到来の社会・技術的な背景と、それらがもたらすビジネスとものづくりにおける根本的な転回について概観しました。

次回は連載第1回目として、株式会社オカムラの庵原悠さんへのインタビュー記事を公開します。働き方改革に伴う副業化の推進の到達点としての「ワークインライフの到来」や「ファシリテータとしてのデザイナーの職能」など、FAB前提社会におけるビジネスとものづくりを検討する上で非常に興味深いお話をうかがうことができました。

2018年現在において、FAB前提社会における企業活動はどのように進化したのでしょうか。またこれからどのように発展していくのでしょうか。

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