第7回 企業がFABに携わる意義:オリンパス株式会社 佐藤明伸さん、渡邉伸之さんへのインタビュー(前編)

慶應義塾大学SFC研究所ファブ地球社会コンソーシアムデザイン・インクルージョンワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」の活動の一環としてFab前提社会における企業活動の様相が問われる中、現在に至るまで企業で活動を行ってきた方々にインタビューを実施しました。

連載第7回目ではオリンパス株式会社にて企業活動を推進している佐藤明伸さんと渡邉伸之さんにお話を伺いました。

企業がFABに携わる意義

水野:2014年からワーキンググループを始めて3年が経ちました。4年目となる今年はまとめの段階といえるでしょう。田中浩也先生がファブラボβをつくって活動を始めた2011年から早くも7年が経過しようとしており、FABにまつわる流れが世間に定着するにつれ、当初考えていたものとは変わってきたような認識もあります。それらを振り返ると「FAB社会とは何だ」といまのところお考えですか。

渡辺:リソースやできあがったものの循環的な利用、ではないでしょうか。ワーキンググループに参加して興味があったのは、ペットボトルを再利用してフィラメントにする技術でした。本当はペットボトル以外の素材の方が適しているのかもしれませんが、やってみる姿勢は大切だと思います。そのような循環的な動きが局所的にでもできればいいのかなと思っています。

水野:モノ以外でもFAB社会へ定着する動きを見せているリソースがありますね。たとえば「人材」などが該当しますが、リソースが循環していくことも多々あったと思います。クラウドソーシングではユーザー同士が互恵関係をつくる動きも見受けられますが、人的リソースに関してはどのようにお感じでしょうか。

渡辺:困り事があったときに悩みを共有できる仕組みがありますよね。ソフトウェアではGitHubという、困ったときにはあそこに行きましょう、といったプラットフォームがあります。我々も医療系の製品開発を手がける際には知識をしっかり共有する必要がありますが、さらなる知識共有のために社内プラットフォームがあるといいという話になったりします。もちろん他の方法もありますがGitHubがお手本かと思います。

佐藤:僕は2013年にOlympus Airというプロダクト企画をやるようになったのが初のFABの取り組みでした。そのとき田中浩也先生の書籍を読んで、多様なユーザーがものづくりに参画することによって、メーカーとユーザーの関係が変わってきているのだろうなと意識し始めました。このプロジェクトの意図は完成体ではないものを世の中に出していくにあたって、ユーザーとプロダクトの丁度いい関係を探索するというもので、新しい関係の中にビジネスが生まれるのではないかという仮説を持って行われた取り組みでした。自分の中ではFAB全体の推移のようなスケールの大きいことまで語ることはできないのですが、ユーザーとプロダクトの関係の仮説を前提に活動してみた結果どうだったのかという話はできます。

まず「企業がFABする意義」がまだ大企業の論理と分断されていますよね。流れがあるのは間違いないのですが、まだ十分に接続はしていないと思います。もっと言えば、どのように「社会の仕組み」に反映され、浸透するかというイメージがまだぼやけているような印象です。企業が銘打ってやるとするなら「これを世の中に出すことで、弊社はFAB社会に対して何がしかの新しい価値を投じているんです」と、前面に押し出すようにできたらなと思います。日本企業の上層部がどんどんやっていこう、という風になるにはまだちょっと早いのかなと思っています。現況に何が足りないのか、ということは僕自身が悩んでることでもあります。
つまり、ほぼ何でもつくれるということはわかったが、これからは結局何をつくるのか。そして、誰が使うのか。これらを検討する段階に入ってきているのではないでしょうか。つまり、さらなる普及には社会価値といいますか、新しい価値単位のようなものがあった方がモチベーションは上がってくるのではないか、ということです。どうやったらお金になるのかという事ばかり考えていたのですが、そうじゃなくてもできるかもしれないんだなということをワーキンググループの活動を通して知りました。自力でFABの活動をしている人々は、なに仕組みに乗っかっている訳でもないし、ほぼ個人責任になっている現状がありますが、もう少し緩いユニットみたいなものがあったらいいなっていう考え方ですね。
それに対して、僕が持っている具体的なアイディアとしては「家」に関するFABの推進です。家とFABを絡めると、新たな社会目的が満たせるのではないでしょうか。太陽光発電や自家発電などやろうと思えばいくらでもカスタム可能ですし、たとえば「子供が小さいときの家と大きくなったときの家は変えたい」というニーズもあると思います。しかし、現状は社会の変な都合でお金が掛かるなど、大きく変えることができないし、届かない部分があるので、家のFABのような潮流があると、様々な人々が参画して大きな流れになるのではないかと思っています。

水野:TVでは芸能人が家のリフォームをするような番組が人気ですし、そういった方向性はありそうですね。

日本の文脈に根ざしたFABの浸透へ向けた施策とは

水野:それをふまえてまた次の質問に移ります。この4年間ぐらいを振り返ると、FAB社会の流れは現状どのようになっているとお感じでしょうか。

渡辺:流れとしては、やはり手軽さが増してきたことでしょうか。家庭でプリンターを持つかというとそれでもまだ敷居が高い現状はありますが、DMM.makeなどのサービスを利用することで自分個人でつくったものでも簡単に出しやすくなりましたよね。しかし、結局一発できるわけじゃないので材料の循環についても今後は検討しておいた方が良いのではないかと思います。前に慶応の先生がお話をしてくださったプロジェクトの中でトレーサビリティについての話があったんですけども。

水野:ありました、RFIDタグをあらゆるものにつけようという研究ですね。

渡辺:そうですね。あれがちょっと面白いなと思いました。それとプリントするときに中身の構造まで、材質、素材までカスタマイズすることができるという田中先生と富士ゼロックスさんの取り組みがあるのですがそれも面白いなとに思いました。

水野:ZOZOスーツで服をつくったら商品タグの中にNFCが入っている、という話や、GUの服の中にも全部NFCが入っているので、セルフレジの際に商品が判別が一瞬でできるなどの技術の進歩など、個別商品のトレーサビリティは飛躍的に向上した印象がありますね。

佐藤:2013年からのワーキンググループへの参加なので6年という尺で語れるものではないんですけども、流れとしてはFABの最初の頃には個人で「自分がつくる」という活動が中心でしたが、次に概念が出てきて、「教育」そして「法律」などの、FABを広めていくために何が必要かを検討する段階に突入してきていると思います。また「FABをやっている」という意識はないような人たちが、後発的に「あなたがやっている事はFABですよ」という風に発見される流れがあるのかと、そういった意味でもFABを広めていくに当たっては「学校」という組織のシステムがすごくいいなと思いました。エキスパートがすぐ集まって議論し、もう少し噛み砕いて行くシステムがあってもいいのではないでしょうか。仮にこういった統合的なアプローチを企業の中でやろうとすると、知財に相談しなくてはいけなくて、専門性の乏しい人に対し「そもそもFABって何ですか」というところから話をしなくてはならない。 

そういう意味では日本なりにFABを砕き始めていて、必要なことがいくつかジャンル分けされてきているんでしょうね。ですから、エキスパートや企業もその取り組みに参画してくるようになっていて、アメリカの考え方をそのまま日本でやるだけでなく、日本が得意とするやり方を発見する必要がありますね。社会に浸透させていく上でどこから手をつけていいのか、定義がない中ではケースバイケースで柔軟に対応しなくてはならないと思います。FAB技術も進化する中で、データフォーマットも出てくるためよりリアリティをもってモノとか人との関係性が出てきてどんどん深まっていくようなイメージで、その中から一つでもスーパースターが出てくれば、「FABならではの考え方の元で生まれた」「ああいう考えの元でないと産まれないな」というものか認知される。そんな流れが理想かなと。本当はOlympus Airがそういう風になればよかったんですけど。

一般的に企業は自分たちの領域は凌駕されないという優位性前提で運営されていると思うのですが、社長レベルになると「いやそんなことはない、オープンイノベーションは企業を凌駕する可能性がある」ということを感じるようですね。ですからこういったオープンイノベーションの話はトップにはすごく共感してもらえる一方、現場に出て仕事をしている人までなかなか浸透しづらいと思います。

水野:部署や立場によって理解が違うのはいろいろな部分でも当てはまりそうですね。それを束ねるために、先ほど佐藤さんがおっしゃっていたように、コンソーシアムという場を使って文化を醸成させ、全体としてもちあげていく、という戦略に納得しました。

社内の業務フローを超えた、社外リソースのコラボレーションの重要性

佐藤:コンソーシアムに企業人としてうかがっていますが、会社ごとにニュートラルな関係になるのがすごく良いと思っています。大学から見ると企業の素の意見はなかなか聞けないだろうし、企業間でも話せなくて、普通だったら会えない人と話せる機会がありましたが、意外と悩みは一緒だったりしますよね。
やっぱり企業単位で考えているだけでなく日本レベルで考えないと規模感が出てこないのではないでしょうか。「プロジェクト」ぐらいの規模で終わってしまい、数億円規模の価値になり、結果として継続が難しくなってしまいます。FABにまつわる具体例が出てくると「あっ」と企業側も思うだろうし、大学側もまた次の課題が見えてくる、何かそのような次のフェーズがあったらいいなという風に思っています。

水野:「社会資本をいかに豊かにしていくか」ということが、ただお金を稼ぐことよりも大事になってきているが、それは企業側の論理で語れない、うまく企業の活動と合致させることができない。と、インタビューに応じてくださった他の皆さんも悩んでいらっしゃるようでした。

佐藤:僕らもOlympus Airプロジェクトをやったから広がった部分は間違いなくあるので、ひとつの手段かなと思っています。このプロジェクト自体が成功かどうかはわかりませんが、長い目で見たときに起点のプロジェクトだった、と言えるようなものになる事を期待したいです。まずは会社の中でやってみて、それを社会に適用するようにする。つまり、縮図というか、どこで適応するかが問題な訳です。
また、FABにまつわる活動の中で企業が個人に対して絶対に勝てないのは「アイディアフェーズ」です。発想力というものが個人には敵いません。これに関しては、企業が将来絶対に活用するべきところであると思います。アイディアの展開ができるような環境が企業側にないと、たとえば企業が主催のイベントをやったときに外部の人とコラボレーションできないですよね。そういうインフラがあって、企業が主体のイベントをやったときに、中学生高校生に向けた教育プログラムとして社会勉強という側面は持たせつつ、中学生のアイディアを企業が使ってしまう、という事もできるわけです。

水野:オープンイノベーションが加速する中で、企業内で縦割りから横割りにしようとしましたが、文化的にうまくつながりませんでした。こうした日本企業の風土に由来するデータ共有の不全に対して、GitHub的なプラットフォームを社内につくることで、効率よくものがつくれるよう組織のデザインを進めて行く方向性が一つ考えられますね。
また、中で閉じるだけでなく、部分的には開いているところをつくって、オープンイノベーションを外から持ってこられるような仕組みにすること。たとえばアイディアソンやハッカソンなどを行う事で、社内の人や社外の人のアイディアをうまく取り込んで行くことによってエコシステムが回るようにするというようにする。以上がいまの段階で、これから実装に向かってきているというのは非常に面白い点だなと思いました。

佐藤:会社は「業務フロー」というものが存在している、つまり会社の中だけでものをつくろうとするわけですね。昔は大量生産をして安く安定してつくるということがゴールなのでそれに特化した効率的なつくり方が推進されていたわけです。メーカーはどうしてもQCD型でプロジェクトを推進するので「Q」をまず決めて確実に達成するわけです。なので、僕はこのプロジェクトをやったときに、最初は本当に何をしたらいいのかわからず、「Q決まっていないじゃんか」「なにつくるのか」と混乱したわけです。ここにおける「Q」は「これを世の中において何と呼称するか」という意味です。これはカメラなのか、カメラなら機能性に関する情報がお客さんにとってのタッチポイント、セールスポイントとなりえますよね。でもOlympus Airはそれが「無」なわけです。お客さん自身が価値をつくりあげていくわけですから。そこでは、こういう「使い方」があったとか、こんなアイディアがあったよね、という100円ショップ的な発想が必要になってきます。このように「モノ」と「お金」だけの交流ではまわらなくなってきているし、やっぱり入り方を変えないとFABは生きないと思います。

水野:現在様々なFABに関する製品が出てきており、ユーザー自身が最後自分でつくるゲーム機器などが注目されています。そんな中でとりわけ気になっているものがあれば教えてください。

渡辺:ベースだけを提供する方法はハードルが高いのにもかかわらず、ダンボールを使って小学生でも加工できてしまうゲーム機器の商品化はすごいなと思いました。また、繰り返しになりますが、循環することが非常に大事だと思っているので、モノを増やさずにアイデアだけを増やすということができる仕組みにつくりが加速して行くと良いのではないでしょうか。

佐藤:過去にLEGO社やMITにおいて似たような実践が行われていたのにもかかわらず、なぜあれだけ日本で騒がれるのかという点について興味深く見ています。このブームが本当に続いていくのかどうか、もし続いていくのだとしたらそこにヒントが見い出せればと思います。またユーザー層に関して、子供に受けやすいというのも強みとしてあると思っていて、そこからもまたヒントを導き出せればと。

水野:僕もその点に関してはとても興味深く見ています。ガレージキットやプラモデル並みにファンがいる、そして自分たちでどんどん改造していくことが当然である、場合によっては自分たちでゼロベースでつくる、それがネットを介して海外にも広がる、といったようにユーザー主導でコミュニティが生まれ、それによって文化が形成されるかどうかが非常に興味深いですね。

> 後編はこちら

佐藤明伸
画像システム開発1部所属 
1995年オリンパス入社後MOドライブ、デジタルカメラのソフトウエア開発を経て、2014年オープンプラットフォームカメラ:OLYMPUS AIR A01とそれを活用しユーザーと新しい映像体験を共創するOPC Hack&Make Projectを立ち上げる。2015年このカメラと活動がGoodDesign賞を受賞。活動を通じてファブ地球社会コンソーシアムに参加し、ファブ社会が世の中にどのように浸透し、どのような新たな価値や人材、社会の仕組みが生まれるのかを追求してみたいと思っている。2017年より3Dプリンタコンテスト暮らしの自由研究の部の審査員長。
3Dプリンタコンテスト: https://www.fab3d.org/ 
OPC Hack&Make Project: https://www.g-mark.org/award/describe/43203
OLYMPUS AIR A01:  https://www.g-mark.org/award/describe/42319?token=KVdMKfJ3o7
渡邉伸之
技術開発部門 画像技術部
1985年オリンパス入社、2001年博士号取得(工学)
画像処理のアルゴリズム開発に従事、近年では、知財戦略および画像処理の教育に従事 。ファブ地球コンソーシアムに参加したきっかけはファブ社会における知財等の問題の相談だったが、いつの間にか横道にそれてしまい仕事の傍らOlympus-Air を使ってこんなものを↓
https://drive.google.com/file/d/1uzu208M-fgCudqa59crK6UXA-_cIjSkD/view?usp=sharing

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