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0242:(GaWatch書評編002)『テロール教授の怪しい授業』第3巻

『テロール教授の怪しい授業』第3巻
原作:カルロ・ゼン
著:石田点
発行:講談社(モーニングコミックス)

(1)作品のこと

 カルロ・ゼンは『幼女戦記』で著名なライトノベル作家だ。同書はコミカライズやアニメ化もされたので、多くの人が知っているだろう。

 私は彼の小説自体は読んだことがない。『幼女戦記』は主にコミックで読み、アニメも一応は観たが、この作品についてはあまり良い読者とはいえない。それほど熱心に追っていないからだ。

 しかし、彼が原作を担当した本作『テロール教授の怪しい授業』は、第1巻刊行当初から夢中になって読んでいる。面白い、これはもんのすげえ面白い。新刊第3巻の書評をする前に、1~2巻を振り返っておこう。

 この作品の舞台は馬場大学(名前からしてモデルはあそこだ)の社会学ゼミ、ティム・ローレンツ教授とそのゼミ生が主要登場人物になる。なぜ「テロール教授」と呼ばれるのか。ローレンツゼミがテロリズムを主題とするからだ。第一巻冒頭、いきなり大学新入生を勧誘するカルトの罠から始まる。教授は鮮やかに学生を救い、ゼミに勧誘し、そして、ゼミに入った新入生たちを「有望なテロリスト予備軍」呼ばわりする。何故か。それは是非作品を読んで欲しい。

 ここで強調しておきたいのは、本作が高度な知的刺激に満ちた内容であると同時に、それを見事なエンターテインメントに仕立て上げているということだ。ぶっ飛んだ性格と過去の謎を抱えた教授と、それぞれに性格が顕著で教授との会話のキャッチボールに明確な役割分担をするゼミ生たち。その間を繋ぐ魅力的なTAさんや他の教官。彼/彼女らの間で戦わされる議論は、テロリズムを巡る行動心理のそれだ。まさに大学のゼミで交わされる議論が、奇抜なキャラクターたちの騒動を通じて、自然に再現されている。面白くない筈がないだろう。

 第1巻では、サークル勧誘や街中での人間観察を元にした洗脳過程について、そしてアカデミックハラスメント問題を舞台に正義感がサンクコスト意識と相まって過激化する過程を描いていた。

 第2巻では、いわゆる軍隊式研修を導入部に据えるが、メインは学生に「テロリストとしてどのようなテロを起こすか」をプレゼンさせるロールプレイングに突入する。

 どちらの巻もむちゃくちゃ面白く、(コミックスにしては)むちゃくちゃ読むのに時間を要した。それだけ情報量が多いということ、そして、情報量が多くてもなお最後まで読ませる魅力に満ちているということだ。そして、首を長くして待ち望んだ第3巻が、今月発行された。以下、テーマに分けて少し詳しく紹介しよう。

(2)陰謀論(Lesson12~13)

 最初の2話のメインモチーフは陰謀論だ。中高年が新聞広告やネット記事からヘイト・ニセ科学・陰謀論を信じ込んでしまうのは何故か。真正面からその誤りを指摘して説得しようとしてもうまく行かないのは何故か。これは現代社会が直面している問題といえる。

 物語はゼミ生・順平とその父を巡る話だ。順平の父は真面目な公務員だが、いつの間にかネトウヨになり弁護士の懲戒請求を行って逆に弁護士側から訴えられようとしている。その騒動と、ひとまずの決着までが描かれる。

 2巻までにも行動心理とりわけ行動経済学の知見がちりばめられていたが、ここでシステム1と2というファスト&スローの有名な整理が本格的に解説される。飲み会での「なぜ烏龍茶を飲用可能と確信できたか」の問いは、私はそれこそ学生時代の三十年前から「なぜ外国に行ったことのない自分が、アメリカの実在を確信しているか」という形で友人との議論に用いていた。その真意を説明しても、当時誰にも理解して貰えなかった。本作では教授の鮮やかな流れの説明で、学生たちは納得している。これは知的基盤を共有しているからだろう。そして、おそらくは読者の多くがここまで読み継いで来たことでその意味を理解できる──と思う。そしてこの議論が、鮮やかに「人はなぜ陰謀論を信じるのか」に結びついていく。知的論点をこうまで見事に物語に組み込む手腕は素晴らしい。

(3)マルチ商法(Lesson14~15)

 大学当局が学内で警戒する対象に、カルトと並んでマルチ商法がある。なぜ大学がマルチの狩り場になるのか。それは20歳つまり成人になることで、民法上の未成年者保護制度から外れるからだ。簡単にいえば、未成年者なら契約を後で無条件に解除できる。成人はそれはできない。マルチのサンクコストが働くわけだ。

 だから、大学を舞台とする本作がマルチ商法を取り上げるのは、自然なことだろう。一見テロと関係なさそうだが、普通の人がいつの間にか視野狭窄を起こし違法な行為に手を染めていく点で、テロリストが生まれる過程とリンクする。

 飄々としたゼミ生・白川が「ビジネスに詳しい子が誘ってくれるから、ゼミのみんなで話をききましょう」と教授に持ちかける。カラオケボックスに集まるゼミ生と、問題の女子学生。その内容はフェアトレード商品のマルチ商法で、彼女が勧誘の言葉を発した瞬間、教授から「アウトです」の宣告が下る。マルチ商法の論理を丁寧に丁寧に解きほぐしていく過程は実に鮮やかだ。

 特に唸ったのは、マルチとフェアトレードを結びつけた点だ。消費者行政では前者は闇、後者は光のような扱いになっている。けれどもマルチ商法は、単に「儲かるから」ではなく、その商品を世の中に広めることが世の中に良い影響をもたらすという理想主義的善意が織り込まれた時に、信念が強化されやすい。そこを見事に突くマルチ商法を作中で生み出したわけだ(実際にそのようなマルチがあるかどうかは知らない)。

 先の陰謀論に続いて、このマルチ商法でも、一応の決着がつく。解説に書かれているように、こうした問題は絶対的解決の道筋は存在しない。ひとつひとつのケースで展開はいかようにも変わってしまうものだ。それだけに、物語として取り扱う時、その「決着」の説得力の有無が鍵となる。本作は、陰謀論もマルチも、すとんと肚に落ちる展開で「決着」した。ここまでこなれさせるには、原作者を中心にさぞや頭を悩ませただろう。素晴らしい。

 なお、白川は最初からマルチと分かっており(明確には書かれていないが間違いない)、教授も白川が分かっていると分かっている。「このキャラならこう行動するだろう」と素直に読者に受けとめさせるだけのキャラクターづくりが成功している、ということだ。

(4)ナラティブ(Lesson16~17)

 人は論理や理屈で動くのではなく、情動で動く。その情動に働きかけるのがナラティブ(物語)だ。本巻本節はこの論点を取り上げる。時間切れなので詳しくは書かないが、面白さのテンションはまったく落ちていないことは確かだ。

(5)最後に

 第3巻の内容は、消費生活センターを主舞台、大学を副舞台とする小説「やくみん!」 お役所民族誌」の構想と重なる部分が少なからずある。それだけに、この題材をこれだけのエンターテインメントに仕立て上げたカルロ・ゼン/石田点には素直に脱帽するとともに、これとは違うアプローチでやくみんを書かねば、と発憤した。

 本作『テロール教授の怪しい授業』は、台風のように周囲を振り回す圧倒的キャラクターの教授と、それに振り回されたりしなやかに躱したりする個性的な学生たちが、議論と騒動を繰り広げる物語だ。学生たちの常識=思い込みを引きだし、それをひっくり返して、実際のテロ事件を題材にテロリストの行動と社会の反応から「学び」を導く。教授は間違いなく最上の教育者だ。それは、ネトウヨになってしまった家族に悩むゼミ生を救い、マルチ商法にハマってしまい被害者から加害者に変わりかけた女子学生を諭す、物語の流れ全体に一貫した描き方となっている。ゼミ生の相談にのる際、さらっと(本当にさらっと)カウンセリングだからとTAさんを退席させた場面で、大学人としての誠実さが表現されていた。ゼミ生に向けて過激に展開される教授の論は、単に評論等で書かれたら、反感・反発する人もいるだろう。耳を塞ぐ人もいるだろう。しかしコミックキャラクターとして破天荒な人物像を設定し、「この教授がいうなら逆らえない……」と耳を傾けてしまう勢いを、本作は獲得している。是非多くの人に、この極上のエンターテインメントを、そして極上の社会学レクチャーを、愉しんで欲しいと思う。

 1~2巻の読者で3巻未読の方に告げる。3巻は、あなたの期待を上回る面白さだ。今すぐ書店に走るなりネットでポチるなりして損はない。既刊を読んだことのない方に告げる。あなたが、①物語好きである、②行動心理に関心がある、③カルトや陰謀論に心を痛めている、④面白いものなら何でも来い、のいずれかなタイプなら、強く強く本作をお勧めする。最後に、①~④に当てはまらない方に告げる。この書評を、途中で投げ出さずに最後まで読んだのはなぜ? あなたの気まぐれが繋いだこの作品とのご縁を育ててみたら、その理由がきっと見えてくると思うよ。

■本日摂取したオタク成分

『ドラゴン桜2』第3話、受験勉強突入。いやおもろいなあ。でもひとつだけ。東大の採点基準って明らかにされてるの? 今回のバトルの採点は東大のそれと同じ基準で採点してるの? そこがちょい気になった。でも話自体はおもろいおもろい。『さよなら私のクラマー』第7話、これはBGVだったけど、コミカルな感じはとても好印象。

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