法律の素人が、情緒的に大阪医科薬科大事件の判例を読む

相変わらず空き時間があるため、大阪医科薬科大の、

「パートにもボーナスくれよ!!」

ってやつの判例を読んでいます。

報道の記事(文字情報だけで、昨日テレビ見てないからわからないけど)では割と中立に読めるように書いてあるかな、と思うけど、Twitterでは、わりと、非正規が増えていることと結び付けたり、志位さんなんかはわざと何だろうけど、やたらと「同一労働なんだから!」というのを強調してる人が多いような気がする。


一応、高裁、最高裁の両方の判決を両方読んだうえでなんだけど、

もともと高裁の判断でも基本給のとこで、

何らの判断も伴わないか単純な判断のみの簡易な事務作業ばかりであると認められる。

と、業務内容について言及してたりする。ので、同一労働ではない、って前提はそもそもあったのかな、という印象。ただ高裁は、

正職員として被控訴人に在籍していたということ,すなわち,賞与算定期間に就労していたことそれ自体に対する対価としての性質を有するものという
ほかない。そして,そこには,賞与算定期間における一律の功労の趣旨も
含まれるとみるのが相当である。

ところを重視して、賞与を認めた、という判断なんだと思う。いること自体が貢献と認めたのかな。

最高裁では、以下のようなことも言及してる。

原告側は適応障害で休職、欠勤してた時期があるけど、「仕事が超大変だから、人増やして!」って言ってたらしい。でも

原告が欠勤した際の後任として,フルタイムの職員1名とパートタイムの職員1名を配置したが,恒常的に手が余っている状態が続いたため,1年ほどのうちにフルタイムの職員1名のみを配置することとした。

という事実もあることだから、客観的にはそれほど大変ではなかったと判断している。

「いること自体を認める」ってのはマネジメントだったり、メンタルヘルス的にはとても重要な視点で、挨拶をしたり、評価したりするときに心の中に持っておかなきゃ視点ではあるんだけど、仕事ができるかどうかとか、お金が絡むと世知辛い、っていうのと、本人が「くそ大変な仕事やってる」と思っていても、案外そうでもない可能性もあるし、この人も別のところだったらもっとフィットした仕事ができてたかも、とかいう妄想をして、「誰もが納得いく環境で仕事ができることって難しいなあ」と思ったお話し。


最高裁判例
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/767/089767_hanrei.pdf

大阪高裁判例
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/455/088455_hanrei.pdf

なんかあったら追記します。

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