サマルカンドであいましょう 3
サマルカンドは、二週間の中央アジア旅行最後の目的地でした。
(あぁ、もう旅も終わるなぁ)
木曜の朝、宿に泊まっていた日本の人達に誘われて、朝食を6人で固まってとりました。男性たちは自分の世界一周やユーラシア大陸横断の話をしていて、それを女性たちが興味深そうに聞いています。
(そういえば、エドワードくるのかな、)
タシケントで出会ったオーストラリア人を思い出しました。
でも、私は次の日の8時の飛行機でタシケントに戻ることになってました。
そのまま、夜の便で日本にたつ旅程です。
私はちょっとだけ考えて、宿の近くの鉄道チケット売り場へ向かいました。
「残念だけど、明日の夕方のチケットは売り切れよ。朝早くならあるけれど」
「そうですか、ありがとう。じゃあ大丈夫」
やっぱり、その時間は人気だよね。当たり前か。
最後の日にもう一度あの廟を見てから帰りたかったんだけどなぁ。まぁいいか。
そう、心の中でつぶやきました。たぶん、わざと。
私はあの廟に毎日通いました。霊廟以外だと、ウルグベルク天文台というのが街の北東にあるのですが、あれが私にはなかなか面白かった。建物としては写真映えする、という類ではなく当時の技術で今と比較してもかなり精度の高い測定ができた…、学術的に興味深い遺跡です。
ウルグベルクという人に、興味を覚えました。為政者が天文学者、それも当時世界トップレベルの、かぁ。星を見るのが大好きなのでそういった類のものは無意識に反応してしまいます。
天文学に進んでもよかったかもしれない。その気になったら、学費の安い欧州で大学にはいり直したいものです。
結局夜遅くまで歩き回って、宿についたのは9時頃でした。
だるい体を奮い立たせてシャワーを浴び、荷造りを済ませてベットに寝そべりました。
(あー、楽しかった)
二段ベッドが3つ据えられたその部屋は、隣の女の子が息を殺して何かをしている音と、上のベットの男性のいびきが聞こえるだけ。
ベットのカーテンを閉めて、さぁ、明日も早いし寝るか、もうすぐ11時だ…とまどろみ始めました。
誰かが向こうの階段をぎし、ぎしと上がる音が聞こえました。新しく泊まりに来た人かな。
もう私は眠る一歩手前でした。
「あっ、グッドイブニング!」
聞き覚えのある声が聞こえてきました。今朝一緒に食事をした日本人の男の子だ。院を休学して世界一周中とかいう。
にしてもすごいカタカナ英語だなぁ…らしいといえばそうだけど。
「Good evening.」
きれいなバリトンボイスで相手は答えました。
聞き覚えがあるような、そんな気がしました。
「ウェアアーユーフロム?」
「Australia.」
(…うそでしょ、え、まさか)
誰にも見られてないのに、思わず布団を被ってしまいました。
「オーストラリア!へー、ウァッツヨァネーム?」
「Edward」
(あ!)
しまった、いや、何がしまったなんだ?
「エドワード。ナイストゥミーチュー!」
がちゃり、と部屋の扉の開く音がしました。
驚いたことに、同じ部屋だったのです。
ひたひたと足音がして、それが一瞬、私のベットの前で止まりました。
なんせ、ベットの前には私のスーツケースが置いてあるのです。彼が覚えていても不思議ではありません。
どうしよう、出ていくべきか…でも、ドライヤー動かなくて髪びしょ濡れのままだし、明日は早いし…
どうしようどうしよう。すっかり動揺してました。
頭がぐるぐるするって、こんな感じなんだ…
「で?そのまま寝落ちしたって?」
「うん、…だってなんか、動転しちゃって」
「はーーーーーバカだねぇ!そういう人がいい友達になるのに!」
「ごめんてば…だよねぇ」
結局、私は出ていきませんでした。
そのまま朝はやく、忍び足で出てきたのです。
案の定、親友にこってりと絞られてしまいました。
「でもね、これでもいいかなって、あのとき思ったの」
「なんで?」
「その一週間後に、あの子に会うのにってさ、考えちゃったんだよねぇ」
「あぁ…それだな。それならわかるわ」
「…それに、惜しいことしたからこそ、今こうやってきれいな思い出になってるしねぇ」
「まぁねぇ」
そう、いま振り返るからこそ、もうきっと二度と会えないからこそ、ちょっぴり後悔してるからこそ、こんなにあの時間がきれいに思える気がするのです。
でも、今の私だったら、きっと、あのカーテンを開けて彼をおどろかしたに違いありません。
きっと。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!