日記 深海

・また鬱と眠りの交互浴の日々が始まった。
11時頃起きて洗濯を干し、薬を飲み込み、朝食兼昼食を食べ、また眠る。
夕方になり憂鬱を背負いながらインターネットか読書をする。夕食を食べ、またインターネットをする。夜になると散歩に行きたい欲が高まるけど寒さと危険を考えて結局布団の中にとどまる。
そうしているうちに液体からぽこぽこと泡が上ってくるかのように、形も実体もわからない「わからなさ」が言葉にもならない感情のみ揺さぶりながら浮かんでくる。
自分はなんで生きてるのだろうとか、世界はどこに向かっているのだろうとか、そういう疑問なのかもしれない。
私は歴とした有神論者で、信仰心もあり、信じる対象も持っている。
そういう観点では先ほどの疑問に対しては答えを持っているという意味で「昼の下にいる」と言える。
それなのにぐるぐると疑問が湧いてくる。
形にもならない疑問が。
ジリジリと、ゆっくりと、自死に近づいていっている感覚がある。
もし先ほどの疑問自体が所謂の哲学だとするなら、哲学に熱を込められる人は前進的に生きていられるのだろうか。
それとも哲学に救われるのだろうか。
私は哲学がどうしようもなく怖い。

折角短歌の本をあれこれ読むようになったので短歌にしてみた。

真昼下 誰よ世界よと投げてみて ひとりの部屋の布の深海

眠るのは嫌と言いつつ沈み込む 波打ち際の甘い微睡

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