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登場人物の性別が想像と違っていたこと

シールバに性別を含意する単語が使われていて驚いた。フリッツ・ライバーの未訳短編小説「The Curse of the Smalls and Stars」(ファファードアンドグレイマウザーのうち一作)を読んでいたら、シールバの性別が書いてあったのだ。

(この場を借りてヘッダー写真の撮影者さんに御礼申し上げます。上述の小説の登場人物の描写、および描写から私が想像したイメージは、影絵のようなものなので、こちらのモノクロ写真をお借りしました)

ちょっと深呼吸。本記事の趣旨は、翻訳ファンタジー小説(の未訳巻)を原文(英語)で読んだら、ある登場人物について、既訳では特定されていなかった魔法使いの性別が明らかになっていてびっくりした、という経験を記録することです。

個人的な驚き

本記事の筆者の想像のなかでは、シールバはシールバで、そこに性別はくっついてなかった。

想像の中のシールバは、フードの奥が全くの暗闇(R0G0B0)で、肩幅や背丈は、性別を特定できるほど明瞭ではなかった。声はついていたような、ついてなかったような気がするが、ついていたとしても不思議と性別のことには思いが至らなかったような気がする。

故浅倉久志先生の文章で読んでいたときには、シールバの性別を意識しなかった。

テキストに立ち返る

シールバと、その対として扱われることのある魔法使いニンゴブルが同じ場面に登場する既訳作品「珍異の市」(浅倉久志訳『死神と二剣士』2004、所収)を見てみる。

シールバは〈目なき顔のシールバ〉と呼ばれ「頭巾の中は絶対の闇」(『死神と二剣士』373ページ)で、声は「立木の折れる音を思わせる鋭い声」(同377ページ)とされる。一人称は「わたし」だ(同383ページ)

管見では、浅倉先生はシールバについて彼女とも彼とも書いてなくて、「わ」という女性的語尾はもちろん、「だぜ」とか「じゃよ」みたいな男性的語尾も付けてない。

ところが、シールバとニンゴブルが同じ場面に登場する「The Curse of the Smalls and Stars」(未訳)を読むと、シールバに性別があることは明瞭なのだ(ネタバレ防止のため、何が使われてるかは後注に)。

ふたたび個人的な感想

読書とは何か、というのは既にあちこちで言われているのだろうけれども、たぶんこんなものだろうか。読者が文字を追いかけながら頭の中にイメージを形成する。そのイメージに対する作用が、時間と空間を超えてあちこちから読者にむけて働く。

作用は、前の行、次の行、翻訳作品の原文、過去に読んだもの、この先やろうとしてるなにか、それこそ映像化作品とかからやってくる。

本記事の筆者が思い描くシールバ像には、シスの暗黒卿やFate/stay nightのキャスター、ベンタブラックが作用しているような気がする。

考えるそばから作用が働くから、想像を文字に固定することは難しい。文字にしたところで、それはある時点の想像を固定しただけで、次の作用が生じたら想像は変化する。

後注: シールバの性別についての記述

「The Curse of the Smalls and Stars」の2章で、シールバについてsorceress, herが使われる。同じ部分でのニンゴブルはarchmagus, hisだ。

ところが、『The Swords of Lankhmar』9章ではシールバについてhe, hisが使われていた。たんなる設定上のブレかもしれない。同10章で、ニンゴブルは男扱いだ。つまり、両方とも男扱いである。より前に発表された「Bazaar of the Bizarre」でも同じだ。

作品の内側に入って、つじつまを合わせるなら、こんなところか。シールバは偉大であるがゆえに幾つもの呼び名を持つ。あらゆる呼びかけがシールバを指すといっても過言ではない。それゆえファファードアンドグレイマウザーの雄弁な語り手は、人称代名詞の性別に束縛されることなく、シールバを描写する自由を持っている。

参考文献

“The Knight and Knave of Swords”, Open Road Media, 2014, kindle版(The Curse of the Smalls and Starsを収める)
“The Swords of Lankhmar”, Open Road Media, 2014, kindle版
“The Swords against Death”, Open Road Media, 2014, kindle版

雑誌掲載版や、何冊もある単行本版との差異を拾い集める読み方をする気力を出せず、悪しからずご了承ください。

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