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ぐるぐるまわるは質屋さん『ジャーゲン』【読書感想文】

身も固めて地に足をつけてる質屋さんが、地に足をつけてる人間なら絶対にしないような冒険へと放り出されてしまう小説を読みました。

そんな不思議な作風に寄りそうと感じて、ヘッダー画像を使わせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


この作品を読みました

ジェイムズ・ブランチ・キャベル著, 中野善夫訳, 『ジャーゲン《マニュエル伝》』, 2019, 国書刊行会。原著は1919年刊行。

一言でいうならファンタジー小説なのですが、2019年初版の帯には「こんなのファンタジイじゃない!」と、赤文字でデカデカ書かれてます。

あらすじ

 詩人気質だったはずが質屋になって妻の尻に敷かれているジャーゲンという中年男は、仕事帰りに見知らぬ人物から身に覚えのない礼を言われ、わけのわからぬまま帰宅すると妻が消えていた。

 だからといってジャーゲンは何もしないでいたが、男らしいことをせよ、と周りがせっついてくるものだから、ジャーゲンは妻を探す旅にしぶしぶ出た。

 そして、屁理屈じみたことをいうケンタウロスに導かれていった暁と日の出のあいだにある庭でむかし望んだ女性に出会ったり、ケンタウロスと旅ができるなら〈秋分〉に伴って旅をしたっていいと説得されて行った先では、男の生みの親がいるとかいないとかでハマドリュアスと話したりと、ジャーゲンの探索行は続くのだった。

感想

フリッツ・ライバーへの影響

 キャベル(本人とその著作)や《マニュエル伝》と『ジャーゲン』については、堂々たる方々が語っていて、私が惚れ込んだ作家フリッツ・ライバーもそのうちの一人である。

 最初にファファードとマウザーを誕生させた動機は、コナンやターザンやその他おおぜいのスーパーマンたちより、もっと人間の尺度に近い二人組のファンタジーのヒーローを登場させたかったからだ。もし、文学のなかにその先達を求めるなら、ある意味でそれはジェイムズ・ブランチ・キャベルとE・R・エディスンの混合物である。ファファードとマウザーには、キャベルの『ジャーゲン』の同名の主人公のシニシズムと反ロマン主義の痕跡があるが、二人は大胆に冒険に立ち向かう。――運命と死を相手にまたしても賽をふりつづけるわけだ。(後略)

フリッツ・ライバー著, 浅倉久志訳, 「著者まえがき」
(『ランクマーの二剣士』, 2005, 東京創元社, p9-10, 強調は本記事の筆者による)

 当の本人が書いたのだから、私にできるのは書き足すことくらいだ。

 チェス盤と駒の比喩(『ジャーゲン』p385)はライバーのお気に召したかもしれないし、「この時空の世界と意識が(中略)太陽と月と高みの星々を包み込んでいるのに(中略))醗酵した残飯の泡」(『ジャーゲン』p172)にすぎない、というくだりは『ランクマーの二剣士』153ページ付近に影響したかもしれないし、他にもあるだろう。

 こうしたことはすべて書き足しにすぎなくて、本質はさきに引用した「著者まえがき」に包み隠さず書き込まれているにちがいない(恋は盲目)。

ライバーはどうやってキャベルの本に出会ったのか?

 ところで、ライバー(1910年生)は、1919年刊行の『ジャーゲン』をいつ、どんなきっかけで読んだのか? シカゴ大学2年生のときにハリー・フィッシャーから教えてもらったとのことだ。

 ほかにもキャベル『夢想の秘密』、複数のエッダやサガ、ウェブスター『モルフィ侯爵夫人』、Richard AldingtonのAll men Are Enemies, Jacob WassermannのMauritzius Caseなどなど、いろいろと紹介してもらったらしい。

 と、いったことは自叙伝※の343ページに載っている。ジャーゲンほどじゃないにしろ、ライバーは刺激のある交友関係をいくつも持っていたらしい。

 ※ ”Not Much Disorder and Not So Early Sex”のこと(1984年にByron Preiss Visual Publicationsから出版された『The Ghost Light』に所収。同書のために書き下ろされたもの。ただし本記事の筆者の手元にあるのは1991年のAce Books版)

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 最後になりましたが、翻訳、出版、流通などなど、本書を手に取れるような環境を作ってくださった皆様に御礼申し上げます。

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