「ブラック企業」辞めました
僕は2014年くらいから、こういうマンガを描いている。
悪名高きバンド運営で知られるソウルの帝王ジェイムズブラウンの、実際のエピソードをもとにしていて、タイトルは「ファンキー社長」。
このマンガは、ジェイムズブラウンが自分のバンドを会社経営のような方式で運営したこと、その経営手法が極めて厳格で時に乱暴だったという事実を元にしている。
最も有名なエピソードは、遅刻や服装の乱れに対して罰金を課していたことだ。ほかにも、ライブ中の演奏ミスにも罰金が課せられ、反抗したり演奏が上手くできないと解雇されることもあった。ピーク時には365日中330日という頻度でライブを行なっており、ツアーと並行してレコーディングも行なっていたというから勤務時間は相当なものだっただろう。
給料も、求められる技量や労働時間に見合った額とは言えなかったそうで、かつて彼のバンドの指揮を執ったこともあるアレンジャーのデビッド・マシューズ氏は「一度も罰金を食らったことはないが、給料以上のものをもらったこともない」と言っていた。
これらジェイムズブラウン「伝説」と、日本で社会問題化していた「ブラック企業」問題とを結びつけ、ブラックという言葉に「悪い」+「黒人」というダブルミーニングを持たせたのが、このマンガの基本設計だ。このアイデアは第1話のオチ「アチャーこれはブラック企業やで」というセリフによって示されている。
正直、描いた当時はぜんぜん気にしていなかったのだが、2019年に入った頃から少しずつ気になり始めた。
悪い意味と掛け合わせるのってどうなんだろうな…と。
最後のセリフを書き換えた
ブラックという言葉に悪い意味を盛り込んだ「ブラック企業」という呼称を、果たして使っちゃっていいものか。しかもこんなギャグとしての使い方で。
そもそも日本のブラック企業問題も、たくさんの犠牲者、被害者を生み出している。決して笑いにできるような話じゃない。
ただ、この設定はマンガの設定の根幹をなすものだったので、それを取り下げることには、ものすごく迷いがあった。「描いたの5年も前のことだし、そんなに見られてるわけでもないし、いいんじゃないか」という自己エクスキューズに走ろうとしていた。
そんな自分勝手な考えがあって、決断に至るまでかなり時間がかかってしまったんだけど、このたび、該当箇所の表現(セリフ)を変更することに決めた。
迷っている自分に答えを出させてくれたきっかけは、佐久間裕美子さんのこちらの記事だった。
まさにおっしゃるとおりで、やっぱしそうだよなと、自分の中で気持ちを固めることができた。
というわけで、セリフはこのように修正した。
2話目以降はウェブサイトで公開しているほか、インスタグラムでもほぼ毎日投稿しているので良かったらご覧ください。
たかが言葉、ではない
「ブラック企業」という言葉が生まれたからこそ、その問題が一気に日本中の人々に認知されることになったのは否めない。
だけれども、この言葉が使うべきでない側面を持っていることも確かだ。
「たかがセリフ、たかが言葉でしょう。それを無くしたところでは何も変わらない」と考える方もいるかもしれない。あるいは「言葉狩りだ」という方も。
けれど、言葉は「たかが」で捨て置くにはあまりに強い影響力をもっている。
先日、政府のお達しでお役所では「非正規」という言葉が使用禁止になった、というニュースが報道された。
このお達しは後に撤回されたが、非正規雇用を無くすというスローガンのもと、政府はまず言葉を封印しようとしたわけだ。
もし撤回されていなければ、消えた概念の中に取り残された人々は、行政のセーフティネットから弾き出されてしまったことだろう。
言葉を使わないようにすることが、最もすぐに着手できて最も効果的な手法であるというのが、皮肉にもよくわかる。政府はそれを理解しているのだ。
例えとして悪かったのは承知しているけど、言葉にはそれだけの力がある。
必要な言葉を打ち消されたら、僕たちはそれを使わなきゃ。
使うべきでない言葉が生み出されたら、僕たちはそれを棄てなくちゃ。
言葉に支配されると、また誰かを傷つけてしまう。
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