マネジメントが「軽い」とはどういうこと?――書籍『最軽量のマネジメント』
マネジメントという言葉と「軽い」は相性が悪い。経営方針やマネジャーの言動が「軽いよね」と言われたら、それは明らかにしっかりやんなきゃというシグナルだ。
この本の書名『最軽量のマネジメント』を見たとき「軽くていい、ってどういうことだろう」と思った。著者は、サイボウズ副社長の山田理さん。
サイボウズといえば、ご存知の人も多いと思うが「100人100通りの働き方」を掲げているように、社員一人ひとりに合った働き方を実現しようと多くの施策を打っている会社である。育休休暇は最長6年、リモートワークもOK、当然、副業もOK、さらにいえば副業を「複業」と呼んで、サイボウズの仕事を副業とする人の採用もOK。なんでもありの会社である。社長の青野さんと一緒になって、これらの仕組みを作ってきたのが、本書の著者、山田さんである。
山田さんは新卒で日本興業銀行(興銀)に入社する。その頃の興銀といえば、日本企業を代表する日本企業。良くも悪くも、日本企業らしい日本企業である。そこで出会ったのが、当時渋谷で勃興したベンチャー企業で、のちの楽天、DeNA、ライブドアらの経営者と出会い、スタートアップ企業で働く人に魅了され、縁あって当時10数人のサイボウズに転職される。
伸び盛りのサイボウズで、山田さんはこれまで感じてきた年功序列などの弊害をなくそうと、実績に見合った人事制度を構築する。本当にバリューを出した人に報いることで、公平でフェアな仕組みを作ろうとされたのだ。しかし、思わぬ弊害が出た。それで社内が活性化した訳でもなく、部門間で不満をぶつけ合う会社になっていた。おまけに倍々で伸びていた業績も陰りが見え始め、離職率は28%という惨憺たる状態である。
「ザ・日本企業」で感じた不条理をなくしたいと思って作った仕組みが、この結果である。山田さんと社長の青野さんは「もう一度、会社を作り直そう」と決意する。それから、今日のサイボウズが生まれたのだ。
制度のユニークさが注目されるサイボウズだが、本書を読むと、背景にある意思がよくわかる。同社が「社員に優しい会社だ」というのもそぐわない。その象徴的なのが、経営に説明責任を求めるように社員にも質問責任を求める、という話だ。経営として情報をオープンにする同社では、経営会議すら社員が希望すれば同席できる。決まったことだけでなく、そのプロセスまで開示することを大切にしているのだ。このようにとことん開示すれば社員に伝わるとも限らない。また、すべての情報を知りたい社員ばかりとは限らず、それぞれ自分の関心のある情報だけ知りたい。何を知りたくで何がどうでもいいかは一人ひとり違う。その違いを超えて、すべての社員の知りたいを満たそうとすると、マネジャーの負担が多すぎる。ならば、社員には「分からなかったら質問する」ということを、いわば社員の自覚として求めているのだ。
「そんなん、言ってくれんとわからへん」と山田さんの関西弁で書かれた一節が強烈である。
同様に「100人100通りの働き方」も、社員に「自分は何をしたい」を求める仕組みとも言える。社員は会社の方針に一方的に従うものでなければ、会社がまるで親のように子供(社員)の面倒を見るのでもない。だから面倒見のいい会社という見方も違う。社員に100%の忠誠心を求めないし、かと言って家族のようなウェットな関係を築こうというのも違う。それぞれの人が望む「会社との距離感」を尊重しようというのがサイボウズだ。そして会社というものの実体も否定し、そこで社員もマネジャーも社長も、働く人の中での役割が違うだけ。だから、お互いが無理のないような仕組みを作ろうよ、と呼びかけている。こういうフェアな考えが好きだ。
ところで書名の「最軽量」だが、その意味はマネジメントをする人でも完璧な人間じゃない、重荷を負わせるものではない、という考えからつけられたようだ。
本書の中では、「イヤホンを聴きながら仕事をする新入社員」の事例が出てくる。そんな社員に対し、先輩社員らがスレッド上でその是非について意見を交わす。「注意すべきだ」「いやいや、その人の働き方として尊重すべきだ」「とはいえ、周囲がそういう目で見ているのを知らせるべきだ」と様々な議論が続く。結末は本書に譲るが、「自分もまずはイヤホンをして仕事をしてみます」という意見まで飛び交う。
こういう事例が発生した時に、「マネジャーがどうにかする」とならないのがサイボウズらしい。他人任せではなく、皆が主体的に考え自分の意見を言い合う。役割が違っても、チームの一員としてみな同じであるという考え方。これが逆に「最軽量のマネジメント」でもあるのではないか。
最後に、著者の書き方に全く偉そうにないのがすごい。十数人の会社を数百人の上場企業に育てた副社長として、本書では著者の山田さんが自分の功績を微塵も出さない。かと言って謙遜しているわざとらしさもなく、ありのままに書かれている。こんなことをご本人に言うと、「ほんまに僕は何もやってないんです」(下手な関西弁ですいません!)などと言われそうだが、強がるわけでも、盛るわけでもなく、肩肘張らずに書かれている。しかも「淡々と」と言うわけでく、面白がって書かれている。書名の「最軽量」でいう「軽さ」とは、自然体であることを意味しているのかもしれない。自分のやってきことや考えてきたことを、こんな風に語れたらいいなと心から思う。そして、その自然体であることの気持ちよさを感じるためだけでも、本書を読んでもらいたい。
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