見出し画像

化粧をやめた女のモノローグ

学生の頃はまったく化粧などしなかったのだけど、就職するとなった段階で突如として化粧をしなくてはならないと知り、ジタバタと顔を塗ったり描いたりするようになった。
どうやら、女はよっぽど見目麗しくない限り、素顔のままで外に出ていてはいけないらしいと知った18歳の春。
そんなことも知らないで就職したのがひどく恥ずかしく居た堪れなかった。

奥二重のまぶたをアイプチとつけまつげで固めて二重にした時、こんなにも顔が変わるのかと感動したものだ。
ノーズシャドウとハイライトのバランスを取ると、こんなにも鼻の形は違って見えるのかとも思った。
わたしの眉は左右で生え方が違う。右はすごく優等生な生え方をしていて、伸びた毛先を整えるだけでナチュラルな形に決まる。左は毛の生え方が乱雑なので手入れがすごく難しい。
頬骨が妙に高さがあり、かといって全体の輪郭はシュッとしていないので彫りの深い海外セレブ風メイクがイマイチはまらない。
でも幼く見える化粧はあんまり好きじゃなくて、韓国メイクには手を出さなかった。

そういう諸々を知って、自分の顔を“みっともなくない”ものにするまでに15年くらいかかった。

カッコいい顔になりたかった。
カッコよくて美しい顔に。
「ブス」と言われない顔。
「ブスで仕事もできないなんて死んだほうがいい」なんて言われない顔。

あとは、とにかく売れる顔。
わたしが化粧を本格的に勉強したのは性風俗で売れるためだった。
今でも笑ってしまうのだけど、アイプチとつけまつげをしただけで、びっくりするほど売れるようになった。体重も歯並びも髪形も変わらないのに、クリッとしたアーモンド型の瞳を演出するだけで3倍は売り上げが出た。
わたしは自信を持った。
売れるってことは価値があるってことだ。
この、糊で貼って固定したまぶたの形は正解なのだ。
そうでない顔は価値がないのだ。だって売れなかったのだから。

化粧を落とせば、誰も金を出して買おうとは思わない顔。
醜くてみっともない、無価値の象徴みたいな顔。
せめて塗って描いて糊で留めておかねば。

そのうち、家から徒歩10分のスーパーに行くにも化粧をするようになった。
どこに行くにも、フルメイクができるくらいの化粧道具を持っていった。
ファンデーションがよれたり、つけまつげがズレたりすると、そのたびにあわててトイレに駆け込み、化粧を直した。
化粧が崩れるのが恐ろしかった。
ブスだとバレるのが怖かった。
化粧をしていれば少なくともブスとは言われない。
化粧を頑張っていると示せば、市民権がもらえる。
女であることに必死であると振る舞えば、イヤな思いをせずにすむ。
多分。

多分。

そのうち、性風俗をどうにか抜け出して、スナックで働いた。
相変わらず化粧は必要だったし、酔っぱらった客にまじまじと顔を見られて「整形したら?」と言われたこともある。

やがてコロナになって、店が潰れた。
次の就業先が見つからないまま、わたしは家にこもった。
出かける際にはマスクが必須になった。
必然的に、化粧をまったくしなくなった。

化粧をしないって、こんなにラクなのか。
肌にファンデーションやコンシーラーやパウダーを乗せていないので、痒い部分はなんにも気にしないでポリポリかける。
鼻をかむ時に小鼻のファンデがヨレることを気にする必要もない。
食事のたびにリップを塗り直す手間もない。
そしてまぶたに貼った糊が剥がれてくることに怯えなくてもいい。

売れる顔でなくても全然問題ないじゃないか。
化粧をしないからといって非国民扱いなどされないじゃないか。
ブスはスッピンのまま出歩いちゃダメだと思っていたけど、どうしてそんなことを思ったんだっけ?
それに、化粧をして女らしく振る舞ってイヤなことは回避できただろうか?

それに気がついて以来、化粧と呼べるものはなにもかもやめてしまった。
ごく個人的な快楽のための香水以外、全部。

今は、朝の支度は洗顔をしたら乾燥防止に化粧水をはたいて日焼け止めを塗る。それでおしまいだ。
夜は丁寧に洗顔し、眉毛は眉間で繋がらないよう手入れをするが、それ以外はなにもしない。
頬骨も鼻筋もまつげも蒙古ヒダも、生まれ持った形のまま過ごしている。

今なら、かつてわたしに向かって「ブスで仕事もできないなんて死んだほうがいい」と言ったやつを捕まえて、お前にそれを決める権利があると思ってるのか?と問い詰めてやるのに。

美しくもカッコよくもない顔だが、わたしは今の自分の顔に文句はないし、不自由もしていない。
売れるか売れないかを気にして汲々とすることももはやない。
それはとても素朴で、健やかで、安らかなことだ。

まれに、本当にまれに、正装あるいは盛装することがあって、その際には少しだけ化粧をする。
バニティポーチいっぱいの化粧道具は、なにかあった時のために今も引き出しの奥に待機していて、時々日の目を見るのだ。
でも使われるのはアイブロウとチークだけで、5分とかからず、また暗い引き出しの奥へと追いやられてしまう。

もうそろそろ、捨ててもいいかもしれない。

誰もわたしの顔など見ていないし、見られたところで「勝手に見るな」というだけの話だ。
勝手に見るな。
勝手に美醜を評価する土俵に上げるな。
その評価を、わたしは必要としていない。

いつか、あのポーチの中身を振り返ることなく捨てられる日が来るかもしれない。
いつか。



では、また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?