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今年も雪を待っている

朝からどんより曇っているなと思っていたら、いつのまにか雨かみぞれが降っていて、もう少し時間が経つと雪になっていた。

寒いのは苦手だが、雪は好きだ。
東京で雪はたまにしか降らないし、積もることもめったにない。
たまに積もっても踏み固められてカチカチで滑るばかりだし、うんと積もると今度は電車が止まったり車の事故が起きたりする。
積もった雪も翌日には黒く汚れて侘しい風情になるが、それでもなんだか雪が好きだ。
朝起きて雪が降っていたりすると、すごく嬉しくなる。
バルコニーの手すりや、植え込みの低木や、アスファルトが、数センチの雪にふんわり覆われていたりすると、おお、と、声を上げてしまう。
雨だって空から落ちてくるという点では同じなのに、雪だとすごく面白く感じる。なんでこんなものが、こんなふうに空から落ちてくるんだろう。
理屈ではなしに。

わたしは日本でも温暖な地域に生まれ育ったので、上京してくるまで雪が降る日というのを数えるほどしか体験したことがない。
子どもの頃は、ほんのパラリとでも雪がちらつくと「雪だ!」と、教室がどよめくくらいには降雪が珍しかった。
東京に来てはじめて雪を見た時のことは忘れてしまった。
けれど、今でも毎年冬には雪を待っている。
寒波到来などとニュースが出ると、ひそかに胸が高鳴るし、暖冬で雪が望めないとなるとがっかりしてしまう。
寒いのが嫌いで、冬眠したいと心から願っているにも関わらず。

なんというか、雪があると、ホンモノの冬という気がする。
ホンモノじゃない冬などないのだが、雪のない地域に生まれ育ったゆえの憧れというか、思い込みというか。
絵本の「てぶくろ」や「14ひきのさむいふゆ」に描かれている様子こそが、今でもわたしにとっての理想の冬らしい。
吐く息が真っ白になって、ストーブがあかあかと燃えていて、雪だるまやかまくらや雪合戦のある冬。

わたしにとって、雪とは降ってくるはしから消えてしまうものだ。
地域によっては冬のあいだ何日も降雪があり、何メートルも雪が積もるのだと知ってはいるが、何度考えても不思議な気持ちになる。
スキー場で積もった雪を見たことはあるし、はじめて見た雪山の銀世界にはそれはそれは感動した。
ひとが生活している場所に降って積もっていく雪、あるいは、屋根の上に1メートルも雪が積もる場所でも当たり前に暮らせる人間のたくましさに興味があるのかもしれない。
わたしが生まれ育った土地はいわゆる台風銀座と呼ばれるような場所で、毎年毎年、冗談じゃなしに次から次へと台風がやって来る。
でも、川が氾濫するとか屋根が吹き飛ぶとか、そういった被害はあんまり出ない。台風が来るのが当たり前だから、対策が徹底されているのだ。
東京の賃貸には雨戸のない物件も少なくないが、そういう物件を見るたびいまだにちらっと不安に思う。台風が来たらどうするのだろう。
以前その話を、東京で出会った友達にしたら「なんで人間ってそういう無茶な土地にも平然と住んでるんだろうね…」と言われた。
彼女は青森の豪雪地帯で育ち、「学校に行く前に雪かきをするのがダルくてダルくて最強にイヤ」で、「だから冬でもあったかい東京に出てきた」のだと言っていた。
その時はなんだか申し訳なくて、毎年東京で雪を待っているのだとは言えなかった。
今度会ったら言ってみようと思う。

機会があったら、観光地ではない場所に、積もった雪を見に行きたい。
すべりこけないよう注意して、雪が積もった道を歩いてみたい。
雪の不便や危険を日常のこととして乗り越え暮らす人間だけが見られる風景を、ちょっとだけ覗きにいきたい。

そんなことを考えていたら、外は雪でなく、結構な勢いの雨になっていた。


では、また。


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