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短編小説|花粉症かもしれない
「また寝込んでたのか。飯は?」
仕事から帰ってきた夫の声で目を覚ました。今日は1日、ずっとベッドから動けないでいたから、ご飯の準備なんかできていない。とにかく怠くて、頭がぼーっとしてしまう。
「いい加減にしてくれよ。こっちだって疲れてんだからさ」
取り敢えず鼻をかんで、ベッドから起き上がる。蛇口をひねったように鼻水が止まらないから、1日300回ぐらいは鼻をかんでいるんじゃないだろうか。ゴミ箱に入りきらなくなった丸められたティッシュが床のあちこちに転がっている。
「だらしがねえなあ。花粉症だか風邪だか知らないけど、こんなんで情けないと思わないの? 早く病院に行って来いよ」
少し歩くと、また鼻水が垂れてくる。再び鼻をかんでティッシュを床に捨て、喉が渇いた私はキッチンに向かう。
「おい、どこ行くんだよ。話聞いてんのかよ。ぐえっ」
私を追おうとした夫は、ティッシュを踏んで転んだ。ベッド脇の床で仰向けに転がった彼の下には大量の捨てられたティッシュ。上に乗られた衝撃で、それらから大量の鼻水が染み出して身体に纏わりついていく。さらさらとしているから、きっと私は花粉症なんだろう。
「ちくしょう、汚ねえ。お前がちゃんとしないからだぞ。おい、なんだこれ、どうなってんだ、おい!」
鼻水はアメーバのように動いて夫の身体を覆っていき、すぐにその自由を奪ってしまう。身体の下にあるティッシュだけでなく、ゴミ箱の中や家のあちこちで捨てられていたティッシュからも鼻水が染み出し、彼の下へと集まる。
「見てないで助けろ、おい! 頼む、苦しい! あぁ……」
顔まで鼻水で覆われてしまった夫の声は聞こえなくなり、やがて動きを止めてしまう。すると今度は湯気のような気体と肉を焼くような音を発しながら身体が溶けていく。うまく頭が回らず、ただその様子をじっと見ているだけの私。
夫の身体が跡形も無く溶けてしまい、転がっていたはずの場所に大きな水溜りができた頃、気が付けば鼻水はすっかり止まっていた。
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