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Vivian side 1

3人が帰ってきたのは日付が変わった、ちょうどミートパイが焼き上がった頃だった。
バートンは疲れ果てているようで瞬きが多く、猫背になっている。ハニーも店に入るなり欠伸を噛み締めていた。

V「おや、腹の時計はぴったりのようだね」

ただいまもそこそこにバートンとハニーはそれぞれ椅子とソファに雪崩れ込んだ。
特に様子の変わらない紅はそのまま私のいるカウンターに入り、手を洗った。
小さい頃は捨て猫のように水が嫌いだったのにいつの間にかキレイ好きになったようだ。

h「つーかーれーたーぁ…カーテン伝って逃げるなんて聞いてない!」

ソファに寝そべり、ハイヒールを爪先に引っ掛け揺らしながらハニーが頬を膨らました。紅は一瞥もせず紅茶を入れながら答える。

紅「説明した。化粧直しに夢中で聞いてなかった」
h「ん…そうだっけ?だったらもう一回言ってくれればいいじゃん」
紅「普通一回で聞く。…バカじゃなければ」

紅の言葉にハニーが勢いよく起き上がる。猫のように毛を逆立てて異議を申し立てた。
紅がこう憎まれ口を叩くのは決まって眠い時だ。ハニーが私に視線を向ける。普段下がりがちの目尻が上がっていた。

h「なっ…!ちょっとママー!紅がひどいんですけどー!」
紅「近所迷惑」
H「きぃー!!」

ちょっと叱ってよ!と騒ぎ出すハニーに蜂蜜入りのミルクティーを出す。
目の前から漂うほのかな甘い香りにわずかながら表情が緩んだ。

V「キャットファイトはおよし」
h「…ふん」

紅はバートンの前にも同じようにカップを出した。
ただバートンは疲れ切っているようでカウンターに突っ伏したまま片手だけで礼を言った。

V「なんだい情けないね…この様子じゃミートパイはいらないね」
紅・B・h「いる!!!」

初めて3人の意見が揃った。


V「さ、腹が膨れたところで報告してもらおうじゃないか」

紅が皿を片付ける音を聞きながら、眠気が襲いそうな2人を見る。
完全に眠気に白旗を上げる前にきちんと聞かなくては。

h「首尾は上々だよママ、私から報告するね」

居住まいを正したハニーは、得意げに話した。
バートンもつられて背筋を伸ばす。そうでもしないと寝そうな様子だった。


ハニーの報告はこうだ。

まず、バートンと一緒に会場へ入る。
ターゲットである、パトリック家の婿養子になる予定の男に接触。他の男に声をかけられ少々足止めは食らったが、予定通り飲み物に紅が調合した自白剤を混ぜ、部屋へ運ぶ。
二人きりになったところで、自白剤が効果を発揮し、尋問を開始。聞き出した情報は、

○今後、更なる感染拡大が予想され外出禁止令に違反した者を厳しく取り締まるため政府特殊部隊が導入されること。
○それに伴い、軍事に関する法律を改正する手続きが行われること。
○新型ウィルスの抗体を持った人間が現れた可能性があること。
○それによりワクチン開発が飛躍的に進むこと。
○ワクチン開発の資金・人員確保が急務であること。

h「…こんなもんだったよぉ。あとはもう時間が経って媚薬の方の効果に飲まれちゃったみたいでぇ、呂律が回らなくなっちゃったの」

ハニーは言い忘れがないか人差し指を唇に当て思考する。
んー…と何度か唸って瞳を何度も行ったり来たりさせてから、あ、と声を上げた。

h「なんかぁ、ちけん?にスラムのネズミがどうとかって言ってたぁ。終わり〜」

ハニーがぬるくなったミルクティーを飲み干した。おかわり!と紅にカップを突き出す。
ハニーのミルクティーを作りながら、紅が静かに口を開いた。


紅「…私の番」

紅の報告は、まず換気のために開けられた天井付近の窓から侵入。
シャンデリアなどの照明機材の足場を利用して事前に決めていたシャンデリアに移動。バートンとハニーが位置につくのを確認して、ターゲットであるクラウス・ガルシアが動くのを待った。
パーティー開始から30分ほどして、クラウスに動き有り。予定されていたパトリック氏が宿泊する2105室へ移動したので、その部屋のバルコニーへ侵入。窓ガラス越しに問題なくクラウスらを確認。

パトリック氏、クラウス、そして予定にはなかった資産家エドガーも参加し、密会が始まった。盗聴した情報は、

○エドガーとパトリック氏がクラウスのワクチン開発に共同出資をすること。
○治験には犯罪者を使うこと。
○そのために、レジスタンス軍にスラム街の人間のデモを煽動させ政府特殊部隊に逮捕させようとしていること。
○上記はエドガーの提案であり、パトリック氏は否定も肯定もせず、クラウスは嫌悪の反応を示していた。

紅「それと、クラウスの助手・メイソンのパソコン画面が確認できた」

紅はお客の注文を取るための紙を裏返し、サラサラと何かを書いた。

紅「男の写真と一緒に、こう書いてあった」
V「Dami…an、ダミアン、かい?」
紅「古い新聞記事だった。写真には二人写ってて、左側の男は若い頃のエドガー。恐らくダミアンはもう一人の方」
B「…なあ、そのもう一人の男、髪は黒くて目つきが悪くてクマの酷い性格悪そうな男じゃなかったか?」

バートンが眠気も吹っ飛んだように眉を引きつらせて紅に訊ねた。紅はこくりと頷き答える。

紅「一致している。ただそんな男は沢山いる」
B「いや、さぁ…俺が今いるとこのトップの奴が同じ名前で…今言った特徴の男なんだよ」

バートンの言わんとしていることが伝染した。
紅がわずかに眉を潜める。ハニーは口の端だけでニヤリと笑った。

紅「エドガーが言ってた、"とある縁"…」
H「レジスタンス軍やスラムの情報を流してくれる縁〜?」
V「もしもレジスタンス軍のトップなら…お安い御用だろうね」

バートンの纏う空気が凍りついた。
目を見開いたまま、呼吸が浅くなる。ぐっと拳を強く握りそのまま勢いよく立ち上がった。
椅子が派手に転び、カップは床に落ちて悲鳴を上げるように割れた。

B「自分の仲間を…売ろうってのかよ…!」

今夜は長い夜になりそうだ。
私は煙草に火をつけた。