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Vivian side 2


私が連行されたのは、簡素な部屋だった。
打ちっぱなしのコンクリートの壁と床と剥き出しのトイレ、簡易ベッドが部屋の脇に一つ置かれているくらいで、ほかには特に何もなかった。

部屋にはすでに一人、膝を抱えて座っていた。
褐色の肌、髪は黒く波打ち男性のように短い。
着ている服はお世辞にもオシャレとは言えず、機動力だけを考えられたような服だった。
華奢な肩だけが女性と判断できるようなものだった。

O「しばらくはここにいてもらう。何かあればそこにあるベルで呼べ」

私の店に突入してきた色男が言った。
黒服として雇いたいくらいの美形だが、これだけお堅い黒服は何かと不便そうだ。

V「まったく…女の扱いがなってないったら…ねえ?そう思わない?」

蹲ったままの肩がぴくりと動いた。
顔を上げる様子はない。
キャミソールから露出した肩には女性にはゴツい刺青が大きく入っていた。
スラムの子だろうか、肌を見るに年齢は若そうだ。

V「あんた、ここは長いのかい?色々教えてくれよ」

徐に顔を上げた女性は、黒い肌には珍しい青い瞳をしていた。
透き通ったその灰色とも取れる青色は、人を惹きつける魅力がある。私も思わず視線を注いだ。

V「ヴィヴィアンだ。よろしく」
S「…ソフィア」

その顔つきは知性に溢れている。
身なりを整えればさぞ魅力が溢れるだろう。
脳内で店にあるドレスに着せ替えた。
薄紫か、いや、肌と瞳が映える真っ白のドレスも美しいだろう。

S「あんたはなんでこんなとこに?」
V「店をやっててね、違法営業してるって言われてさ…全く嫌になっちまうねぇ」

ソフィアは縮こめていた体を緩め、自分が座るベッドの端に座り直した。
よれていた布をキレイに敷き直し、手で座るように示した。

V「あんたは?」
S「…私も、父が店を営業してて…でもこの外出禁止で倒産しちゃって……無理心中したんだ。私は死に損なって、そこにクラスターだって言う軍の奴らが来て抵抗したら…こうなったのも全部あいつらのせいだ…」

よく見れば、手首に何度も家族を追いかけた跡がある。
肩を震わせて涙を流し始めた彼女の横顔をじっと見つめた。

V「あんた、ここはいつになったら出られるんだい?」
S「さぁ…家と店の周りの消毒が終わって、釈放の手続きが終われば、かな…身元引き受け人なんていないけど…」

自嘲的に笑う。
おそらく、父親が健在だった頃は安定した中流家庭で育ったのだろう。
ボロになっている服もよく見れば昔は良い品だったのが分かる。
彼女がもつ知的な雰囲気も、きちんとした教育を幼い頃に受けてきたからだろう。

S「ここを出てもどうやって生きていけば良いか分かんない…死ぬしかないんだ」

私なんて、と涙も止んで諦め果てた口調で言うがそこにはどこか悔いが滲んでいる。

V「そうかい?私はこんなとこで終わる人生なんてごめんだね。今すぐ抜け出してやりたいよ」

遠くから爆竹の独特の音が聞こえてくる。
ここで終わるなど以ての外、ましてやここで夜を明かすなど私には似合わない。

V「こんなの、マフィアの首領と前首相が私を取り合った時に比べれば修羅場でもなんでもないね」

ソフィアがきょとんとした顔で私を見る。
目についていた涙の粒をぬぐった。

S「おばさん、何者?」

若くまだ世間を知らないこの少女は世界の広さを知るべきだ。
父親の店が潰れ路頭に迷ったところで、一度死に損なった人間はその後も簡単には死ねない。
自分が生きていた位置から転がり落ちたとしても、世界は底まで続いているのだから。

V「ヴィヴィアンとお呼び」

転がり落ちたのならば、地の果てでパーティをすればいい。
生きていく場所はひとつでなければいけないと、誰が決めたのだろうか。

爆竹の音が近づいてくる。
私の可愛い子たちが、一夜限りのショーを演じている。私に似てたくましく育っているようだった。