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Walter side 1


ダミアンによる裏切りを知ってから、俺とバートンは密かに行動を開始した。
俺はなるべくいつも通りにダミアンと接し、会議などで作戦の情報を得た。
バートンがひっそりとスラムの住人たちやレジスタンス軍の仲間を説得して回るのが表沙汰にならないよう、ダミアンの意識をバートンに向けさせないように動いていた。
それでも元来警戒心が強いダミアンを騙し続けるのは至難の技だった。

今日はダミアンとカリーナの自室に呼ばれているが、なぜかダミアンは苛立っている。
嫌な予感がする。当たって欲しくない勘はなぜかいつも当たるものだ。

D「カリーナ、お前あの男とデキてるだろ」

タバコを乱暴に潰しながらダミアンが言う。
作業机に座り、組んだ足は落ち着きなく揺れている。ソファに座ってラジオを聴いていたカリーナが顔を上げた。

C「えっ…あの男って?」

カリーナの大きな瞳が不安げに揺れる。
片手でラジオを消し、ダミアンに向き直った。
ダミアンの苛立っている時の声音は人を萎縮させるために出来ているようだった。

D「ちっ…バートンだよ。俺がいない間に風呂を貸してただろ。なあウォルターお前も見たよな?」

俺は証人として呼ばれたようだ。
確かに数日前、俺を探していたバートンはカリーナの部屋にいた。
そして髪はまだ湿っており、首からタオルを下げていた。服もよく思い出せばダミアンのものを着ていたような気がする。
確かに風呂上りと見て差し支えはない。

C「あれは…!バートンが泥まみれで汚れてたからお風呂を貸しただけって説明したじゃない!」

カリーナが慌てて声を上げるが、ダミアンは取り合う様子もなく深くため息をついた。
頭をボリボリと掻き、俺のほうに向かってヘラヘラと口元だけで笑った。

D「こうやって言い訳ばっかりなんだよ。見苦しいよなぁ…お前からも言ってくれよ。素直に認めろよこの売女って」

ダミアンは、カリーナがバートンと浮気をしたと確信しているらしい。
実際二人は仲が良いが恋愛関係にあるとは思えなかった。良い友人関係の域を出ているようには見えない。

C「何でそんなに疑うの…!私、ダミアンを裏切ったことなんて一度も」

ない、と言い切る前にカリーナはソファに蹲った。
続いて床に転がったのは、ダミアンが吸っていたタバコと灰と灰皿だった。

W「カリーナ!」

駆け寄ると顔を手で押さえている。
その手には血の色が垣間見えた。
ダミアンを見る。灰皿を思い切り投げたようだ。無表情でこちらを見下ろしている。

W「ダミアン」

嗜める気持ちで名前を呼んだ。
が、何も届いていないようだった。ゴロゴロと足元に戻ってきた灰皿を拾い上げ、またタバコに火をつける。

D「ったく…どいつもこいつも」

垂れた前髪をぐしゃりと掻きあげた。その表情は怒りに満ちており、咥えたタバコが歪んでいた。俺はカリーナとダミアンとの間に立った。
ダミアンがカリーナに暴力を振るっていることは、今まで噂程度で聞いたことはあった。
しかしダミアンはカリーナのことを大切にしていると近くで見て感じていた。噂は噂であると思っていた。しかし、この状況ではそれは真実であると判断するべきだ。

W「ダミアン、女性だぞ」
D「女以前に裏切り者だ。罰は必要だろ。…どけよ」

ダミアンが机から離れ、こちらに歩いてくる。
目の前に対峙した。体は俺よりも小さいが、ダミアンのもつ雰囲気は大きい。

D「そいつは俺の女だ、どうしようが勝手だろ」
W「俺の仲間だ。見過ごせない」

ダミアンはしばらく俺を睨みつけた。
そしてタバコを口から離す。ニコッと笑いかけてきた。

D「ウォルター、俺もお前の仲間だろ?仲間の頼みを聞けないって言うのか?どいてくれるよな?」

わざとらしい優しい声音。
だが、目は深く沈んでいた。俺がいなくなればカリーナはもっと酷く痛めつけられる。
それを分かっていて静々と言うことを聞く奴などいない。

W「お前の恋人はお前の所有物じゃない。最も大切にすべき人を傷つけるお前の頼みは聞けない」

ダミアンの額に青筋が立つ。
何かの糸が切れたのは分かった。
ここでやり合いになったとしても、致し方ない。遅かれ早かれ、ダミアンとは対峙しなければならないのだから。

D「そうか…」

ダミアンがくるりと背を向けた。
机へ向かって戻っていく。
そして、皮張りの椅子に腰掛けた。

D「カリーナ」

俺の後ろでびくりと体を震わせる気配があった。カリーナは怯えきっていて、返事はしない。
ただ沈黙してダミアンの言葉を待っている。

D「お前は本当にすごい女だなぁ…ウォルターまで手籠にしてたのか?ん?」
C「ちが…」
D「何が違う?ウォルターがここまでしてお前を守るのはそういうことだろ?なあ?」

可哀想になあ、とダミアンが呟く。
そして机の引き出しをガサガサと手探りした。

D「ここまで完璧に騙されてるウォルターは、死なないと分からないかなぁ」

ダミアンが構えたのは銃だった。
ここでは盾になるものがない。まずい。
しかし退けばカリーナが撃たれる。
退くわけにはいかないが死ぬわけにもいかない。まだ、やらなければいけないことが沢山ある。
頭に一気に血が巡るのが分かった。
考えろ、相手を観察しろ、何かあるはずだ。何か。

耳を切り裂くような銃声が辺りに響いた。