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Owen side 1

21:25

突入開始5分前。
裏口から見えるこの店は、至って普通の飲食店だ。だがよく見れば逃走経路に使えそうな細い路地裏につながっており、塀もあまり高くない。
よじ登り屋根伝いに逃げることも可能だろう。
夜になれば暗く、表の灯りも入ってこない。土地勘のない人間には厳しい暗さだ。
新入隊員の訓練場所にしたいくらい良い場所だ。

I『入り口待機、ターゲットは確認できるか?』

無線から部下のイエスが聞こえる。
入り口には窓があるが、閉め損ねたわずかなカーテンの隙間からターゲットが確認できた。
他の人間も店の中を動き回ってくれれば確認できる。そろそろ、作戦の最終確認をしておこう。
無線の音声をオンにする。

O「店の中の異国風の女は不確定要素だ、やり合うな。制圧が目的ではない。ターゲットBまたは店主を拘束すればいい」

部下たちからのイエスの返事。
彼らは俺の部隊の中でも常にトップクラスで活躍している者たちだ。
今日の作戦内容でしくじることはまず無いだろう。落ち着いて確実に作戦を実行するまでだ。

手元の時計を確認する。

21:29

まもなくアイザックから作戦開始の合図がでる。俺は姿勢を整えて裏口のドアを見据えた。
辺りの静寂に耳を澄ませる。何かしらの違和感がないか、神経を張り巡らせた。
店の中の音だけがわずかに聞こえてくる。

I『作戦開始』

俺は裏口のドアを蹴破り、続く廊下を進む。
入り口の方が急に騒がしくなる。廊下が終わり、急に明るくなった視界で店の中に銃口を向けると、ターゲットBの姿がない。

O「男を出せ。でなければ店主を拘束する」

カウンター内にいた、店主の女に聞く。
女は眉一つ動かさず、紫煙を燻らせた。

V「男?営業停止のこんな店に男なんているわけないだろ」

金髪のやたらと派手な女は、カウンターの椅子に座り足を組んで欠伸をしている。呑気な様子だ。
もう一人の女、不確定要素の異国風の女も特に何をするでもなく窓際に立ち、こちらを見ている。ただ一目間近に見て分かった。この女は警戒すべきだ。

O「店の中を確認させてもらう」
V「好きにおし、色男」

俺はこの女3人を警戒することにし、部下2人が店の中を歩き回る。
テーブルの下、カウンター内、裏口に続く廊下、カウンター奥に入るキッチン、広いとは言えない店内を部下2人がかりでくまなく捜す。
部下2人がほぼ同時に首を横に振った。

O「この店に地下室は」
V「ないねえ」
O「この上の階はなんだ」
V「私らの自室だよ。外の階段を使っておくれ」

部下に合図を送り捜すよう命ずる。
あ、と店主が声を上げる。待ちな、とも。
カウンターの下をゴソゴソと手探りする様子を見せ、ふと手を出してきた。そこには3本の鍵がぶら下がっている。

V「また蹴破られちゃ、たまったもんじゃない」

店主はドアを睨みつける。部下が少し恐縮したのが分かった。
あとで役所に請求されそうな勢いだ。

部下がいなくなり、店の中には俺を含めて4人。派手な女は手持ち無沙汰な様子を隠さず、暇つぶしか、俺にジロジロと視線を向けてきた。

H「ね〜ぇ、お兄さんカッコいいねぇ。筋肉触ってもいーい?」
O「大人しくしていろ」
H「やーーん!声もかっこいい〜!私、声が高いのコンプレックスだからぁ、お兄さんみたいな男らしい声大好きなのぉ」

椅子に座ったまま器用にバランスを取りながら体をくねらせる女を一瞥して心底思ったのが、苦手だ、ということだった。
ただこの女が美しいことはわかる。
それに伴う自信もあるのだろう、この状況で泣くことも、恐れることもなく至って自然に客に話しかけるように接してくる。

O「いいから、大人しくしていろ」
H「え〜?私のこともしかして好みじゃない?あっ分かったぁ!あの子みたいな堅物な感じが好きなのねぇ!」

窓際の女を指差す。
キャッキャと1人ではしゃぐこの派手な女の神経は一体どれくらいの太さなのだろう。周囲の長さを測りたいくらいだ。

紅「静かにして」

窓際の女が声を出した。派手な女がぴくりと反応する。
そして渋々といった感じで返事をし、カウンターテーブルにしな垂れかかった。思わず礼を言いそうになったが、グッと堪えた。

外階段から部下の二つの足音が聞こえてくる。

「いません」

部下が店主に鍵を返す。いつのまにか、この店主にヘコヘコと頭を下げるようになっている。
情けないが、その気持ちはなんとなく分かる気がした。

O「…では、店主。違法な営業をしていた容疑がかかっている。来てもらおうか」

派手な女が勢いよく立ち上がり、睨んできた。
今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
窓際にいた女もわずかに姿勢が変わった。
当の本人である店主は煙草を置き、火を消し、とゆっくりとした動作で慌てる様子もない。

H「違法な営業ってなによ!私たちそんなことしてない!」

ただでさえ高い声がキンキンと更に高くなった。これを聞いているだけで体力が削がれていく気がする。

O「新型ウィルスの感染拡大防止による営業停止命令に違反した容疑だ。話はこちらで伺う」
V「そんな覚えはないけど、従わなきゃそれはそれで罪になるんだろ?」
O「あぁ」

仕方ない、と店主がカウンターからゆっくりと出てきた。
コート掛けにあった上等な毛皮を手に掴み肩にかける。

V「少しだけ、店のことで引き継ぎをしていいかい」
O「…問題ない」

店主が窓際にいた女を手招きし、泣き始めた派手な女を抱き寄せた。

V「しばらく留守にするけど食べ物はきちんと管理しておくれ。週に一度は店の掃除もね。酒はまあ大丈夫だろうけどネズミに突かれないように見ておいておくれ」

聞いているのかいないのか分からないくらい泣きじゃくる派手な女と、対照的にしっかりと頷く異国風の女。

紅「いってらっしゃい、ママ」

その言葉でなぜか派手な女は泣き止んだ。
必ず帰ってくる、という意味合いが込められているのだろう。
派手な女も同じように口を動かした。

H「グスッ…いってらっしゃい、ママ」

店主は大きくうなずき、二人から離れた。そして背中でこう答えた。

V「ヴィヴィアンとお呼び」

これから連行されるというのに、この店主、ヴィヴィアンという女は不敵に笑っていた。
後に残された女たちをちらりと盗み見たが、不安な表情は既になく、いなくなる店主を真っ直ぐ見据えていた。

女はよく分からない。これだから苦手だ。