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Maison side 1

K「何を言っている!」

クラウスが思わず叫んだ。
立ち上がった拍子にテーブルが揺れる。
冷めきった紅茶の入ったカップが野次のようにカタカタと音を立てた。僕も思わずキーを打つ手を止めた。

P「落ち着きなさい、クラウス君」

思いもしない方向から窘められ、クラウスは表情を更に崩した。リブも思わず前のめりになる。
こいつはクラウスのパピヨンだから、こういうときすぐに頭に血が上る。

K「…失礼」

クラウスがジャケットを正して座り直す。
先ほどよりもいくらかエドガーとは反対側に座り位置がズレている。
分かりやすいなぁ、警戒しまくりだ。

E「あくまで提案です。なんの知識もないしがない成金の思いつきと思って聞き流してください」

エドガーが椅子に深く腰掛けている。いやらしい顔だ。
先ほどよりも顎が上がっていて、姿勢も崩れている。肘おきに体重を預ける始末だ。

E「実はとある縁からスラムなどに不当に居座っている住所不特定者や無国籍者を把握してまして、中にはレジスタンス軍を名乗るものも何名か」

パトリック氏は動かない。ただじっと聞いている。
組んだ手の左人差し指が上下に何度か動いた。何か思考を巡らせているのだろう。何度か会った時に見つけたこの人の癖。その癖が出る時は大抵、悪いことを考えてる時だ。
何も言わないパトリックとクラウスを確認して、エドガーは続ける。

E「そして2週間後、レジスタンス軍は政府の私邸を襲撃する予定です。政府への不満からテロを画策してるらしい。今までは小さな窃盗集団でしたが、テロとなると政府も本気で捕まえにいくでしょうね」

新型ウィルスの流行において政府は後手後手だ。国民は外出を規制され、収入は激減。ストレス発散や心身を癒す娯楽はクラスターの一因として営業停止。国民の多くが政治に不満を募らせている。まだ大きな暴動が起きていないのが不思議なくらいだ。
レジスタンス軍がテロを起こせば後に続けと更なるテロの起爆剤になりかねない。政府は見せしめも兼ねて厳しく対応するだろう。

K「…何が言いたい」
E「分かりませんか?レジスタンス軍にスラム街の無国籍者を煽動させ大きなテロを起こし刑務所に入ってもらうんですよ。そうなれば、」

P「治験に犯罪者を使うことはままあること」

エドガーがニヤリと笑った。興奮を必死で抑えているようだ。
踵が床から離れ、革靴の先にシワが寄っていることからつま先に力が入っているのが分かる。

K「…パトリック先生」
P「今のは独り言だよ」

こうなってはクラウスの意見は通らない。
この議論、倫理の授業であればまた違ったかもしれないが、分が悪すぎる。
パトリック家は元を辿れば医療に従事した貴族だが、その医療は拷問・処刑と共に発展した。処刑後の罪人の体を捌き、内臓があることが分かった。それを更に繰り返し、内臓の役割を把握した。

医療の第一人者ということは、それだけ多くの罪人を捌いたということだ。
パトリック家は犯罪者を研究材料とし医学を発展させた。エドガーの意見は、先祖の意見と同義である。異論はない。

P「何はともあれエドガー君、応援するよ。頑張ってね」
E「ありがとうございます、パトリックさん」
P「私はもう休もうかな。年寄りは疲れやすくていけないね」

メイドが食器を片付けに来た。
最後には先生からさん呼びになったエドガーは晴れやかに、クラウスはこの世の苦いもの全て口に放り込まれたのを力づくで我慢してますみたいな顔をして部屋を出た。