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Dear slave 親愛なる奴隷様、Loveですぅ!第1話 ギガ爆弾発言!

 ほころび始めた桜の蕾たちが枝先で押し合いへし合いして賑やかだ。
その枝先をするりと抜け舞い降りてきた春の風が僕の頬をかすめる。少しだけ未来の香りがした。

「ついに高校生か………受験頑張ったよなあ………これから楽しいことが押し寄せてくるのかなあ………」独り言が漏れて転げ落ちると雑踏の中へ消えていった。

 念願の東栄《とうえい》高校へ合格した数日後、僕は誇らしげに通りを歩く。書店へ立ち寄り、ずっと読むのを我慢していたラノベを2冊買った。
ニヤニヤと上がりっぱなしの口角を隠す事もなく歩くと、白いタイル張りのマンションが見えてくる。広めのエントランスを抜けエレベーターで501へと辿り着いた。

「ただいま〜」

「「お帰りなさい」」両親がにこやかに迎えてくれた。

自分の部屋へ本を置き、リビングへやってくる。

「星七《せな》ここへ座りなさい」父さんがいつもと違う眼差しで僕を見た。

「何?」なんだろう、少し不安になる。

「実は父さん福岡へ転勤することになったんだ」徐に髪をかきあげる。

「えっ………」言葉に詰まる。

福岡ってたしか日本の下の方にぶら下がってる島にある県だっけ?遠いよねえ………

「それで色々と考えてみたんだが、星七はどうしたい?一緒に福岡へ来るか、それとも……」

「え〜………」

 父さんはまだそれほど広くない僕の世界に、とんでもないギガ爆弾発言を投下してきた。僕は爆風に弾き飛ばされソファーへ叩きつけられて、瀕死の重症となる。
やっと念願が叶って東栄高校へ行けるとウキウキしていたのになんてことだ!。
 なんだこの仕打ちは、僕は何か悪いことでもしたんだろうか?知らないうちに蟻を踏み潰したとか………
僕は必死にソファーから強張った顔を上げ、なんとか声を吐き出す。

「いやだよ福岡なんて!やっと念願の高校に行けると喜んでたのに」

そこへキッチンにいた母さんが優しそうな笑顔で近づいてきた。

「そうよねえ、突然福岡なんて考えられないわよねえ」ゆっくりと頷く。

 そうだよ母さん、なんとかしてよ、助けてよ、そう思って涙ながらに母さんを見つめる。

「やっぱり星七はここへ残りたいわよねえ」

 僕は何度も無言で顔を縦に振った。

「そうだなやはり星七はここに残りたいよな…………」父さんも頷く。

 重苦しい空気がリビングへ溜まり僕は押しつぶされそうになっている。

「おそらく星七はそう思うだろうと思って、実は手を打ったんだ」父さんは少し得意げな顔で僕をみる。

 だよねえ、ですよねえ、大切な一人息子の青春を微塵に砕くようなことはしないよね、少し胸を撫で下ろす。

「星七がここに残れるように相談したのよ」母さんもにこやかに言った。

 やはり僕の両親は深い愛情で僕のことを考えていてくれてたんだ。僕のため息はリビングへ広がり緊張感を流して行った。1秒が10秒程に感じた時が緩やかに正常に戻った気がする。

「ふう………よかった」思わず独り言が漏れる。

「ねえ星七、従姉《イトコ》の琴音《ことね》ちゃんは覚えてる?」

「琴音ちゃん?いや覚えてないけど………」突然何の話だろう?

「そう……琴音ちゃんが今度東京の大学に合格して住む所を探してたのよ、だからこのマンションに住んでもらう事にしたの、星七は今まで通りここから高校へ通っていいのよ」母さんは満面の笑みで微笑んでいる。

「えっ?」なんと母さんまでとんでもないギガ爆弾発言を投下してきた。また僕は爆風に吹き飛ばされソファーへ崩れ落ちる。

 確かにイトコのお姉さんは何度か写真で見た事があるけど、よくは覚えていない。

「星七と琴音ちゃんは、小さい頃半年くらい一緒に暮らした事があってとっても仲が良かったのよ。いつもお姉ちゃんって言って金魚のフンみたいに後をくっついて回ってたのよ」

「全く記憶にないよ」僕はソファーからムクリと顔を上げる。

「そうね、星七はまだ7歳くらいだったからねえ」母さんは頷く。

 突然父さんが割り込んできた。

「星七、琴音ちゃんがこのマンションのローンや星七の学費まで全部払ってくれるんだ、感謝しろよ」勝ち誇ったような表情だ。

「えっ、どういうこと?」

「そう言うことだ、琴音ちゃん家は神戸でいくつもの会社を経営してる裕福な家庭だからなあ、良かったな星七、念願かなって高校へ安心して通えるぞ」無責任に口角を上げた。

 長く培ったはずの信頼関係を微塵も感じなくなった父親を繁々と見つめる。しかも母さんまで隣で笑っている。

「だから絶対に琴音ちゃんを怒らせないでね」母さんは眉を少し寄せてきっぱりと言い切った。

 え〜………いったい僕はどうなるんだろう、不安は大きな影になり僕にのしかかってくる。

 その数日後には引越し業者がきて室内はガラーンとなった。父さんは自慢の愛車GTRに母さんを乗せ「星七、元気で頑張るんだぞ!」そう言い残し、ボ・ボ・ボ・ボと低音を響せ、手を振りながら行ってしまった。

 残された僕は一人ポツンと途方に暮れる。

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