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星降る夜のセレナーデ 第30話 春が来た

スタジオの中では曲作りが終盤になっている。私は「ふ〜!」とため息をついた。

「一樹さん、大丈夫ですか?無理しないでくださいね」

「ありがとう真人くん、大丈夫だよ」私は髪をかき揚げ、椅子にどっかと腰を下ろす。

スタジオに有る赤いランプが点滅している。このランプは電話がかかって来たことを知らせるランプだ。
音が出ると困ることもあるし、ヘッドフォンをしてることが多いのでそんな事になっている。

私は電話を取った。「はいよ、了解」電話を置く。

「真人くん、申し訳ないがママと志音を中学校まで迎えに行ってもらえないかなあ。ついでに買い物も付き合って欲しいんだけど」

「了解です」真人くんはミニバンで中学校へ向かった。

今日は志音の入学式だ、遂に志音は中学生になった。最近時間がやたら早く過ぎていく感じがする。仕事が忙しくなったのも関係していると思うのだが………。私はリビングへくると薪ストーブに薪を追加しソファーへ横になった。

しばらくするとママと志音が帰ってきた。真人くんはソファーに横になっている俺を見て心配そうにしている。

「一樹さん、大丈夫ですか?」

「とーたんは大丈夫だよ、根性ないから直ぐにヘタレるけどね」志音が笑っている。

「そうね、パパは見事なヘタレだわね」ママは笑いながらコーヒーを入れてくれた。

「そうなんですか?」真人くんは不思議そうに私を見ている。

テーブルについてコーヒーを飲み始めると、志音が真人くんの前に立ってクルッと回った。 

「ねえモヒくん、制服どう?」

「とっても良く似合いますよ、大人っぽくなった感じがします」真人くんは志音を上から下まで見ながら言った。

「そう!大人っぽく?」志音はニッコリして口角を上げる。

「志音、よかったわね」ママがニッコリすると志音は何度も頷いた。

「ママ、志音は普段着ももう少し大人っぽくしたいの。これまでは小学生だからって我慢してたけど……」

「はいはい、じゃあ今度買いにいきましょうね」

里山の春は街中より少しだけ遅れる。外は山桜の蕾が待ちきれないように膨らんでいる。私はリビングにいる蕾を繁々と見た。春はそこまで来ているのかもしれないなと思う。改めて外を見る。もう少しで満開の桜が見れるだろうと思うと楽しみだ。壁に掛けてある時計の音で、気持ちが現実に引き戻された。

「これから最後の追い込みだなあ………」私はコーヒーを啜りながら物思いに耽るように漏らす。

「俺、力不足で申し訳ないです」真人くんは申し訳なさそうにしている。

「そんな事ないよ、真人くんが色々と覚えてくれたからここまでこれたんだ、私1人だったら毎日残業ばかりになってたよ」

「そうなんですか?俺残業でも構わないし、仕事を覚えられるから嬉しいですけど」

「えっつ!それ本当?」私は真人くんをじろっと見る。

「はい、問題ないです」真人くんは何度も頷いた。

そしてその夜から残業が始まる。真人くんは一緒に遅い夕食を食べてから帰ることになった。

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