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りんご愛日記

林檎の国へ

とうとうフランスまで来てしまった。

社会学や民俗学の成り立ちを、或いは世界史を学んできた僕にとって西欧、ましてやフランスなんて好きになれるはずがなかった、のだけれど、この国には何と言ってもりんごがある。りんごが。僕の愛してやまない禁断の果実。

小さなスーパーでも4種類ほどのりんごがカゴいっぱいに並べられている。日本のスーパーなんて、ほとんど「ふじ」だけ、ときどき青リンゴもあるけれど、その程度。こちらでは王道品種ピンクレディをはじめゴロゴロ量り売りで売られている。にしても、禁断の果実にピンクレディなんて妖艶な名前を付けた人に、僕は拍手を送りたい。脳内でピンク・レディの「UFO」が流れ出す。


林檎酒について

さてりんごが好きということは林檎酒が好きということである。なぜりんごを漢字にしたかというと、その方が字面が格好いいからである。案外、見た目ってのは大事だ。これはりんごにもいえる。ちなみに「林檎」という字は、木になる果実を鳥たちがつついて食べる様子を表していると昔どこかで読んだ。

酒好きのりんご好きは林檎酒が当然好きなわけで、となってくると立ち現れるのは「シードル」と「カルヴァドス」の二種類だろう。どちらも聞き慣れない方が多いと思う。

シードルとは、りんごを主原料とする醸造酒である。

シードルというのは、簡単にいうと「りんごのワイン」のようなものだ。圧搾機で絞ったりんごを発酵させたアルコール飲料。紀元前のローマには水の代用品として既に飲まれていたとか。

ワイン、といっても度数はそこまで高くなく、高くても8%くらいでないかと思う。というのも、ワインの度数が高い(15%前後か)のは葡萄が極端に糖度の高い果物だからなのだ。酵母は糖をアルコールに変換する、これは日本酒なんかもそうなはず。だから糖が多い方がアルコールが高くなる。りんごは葡萄と比べれば糖度が低い。だからりんごで作った酒は度数が低い、ということになる。

カルヴァドスとは、りんごを主原料とする蒸留酒である。

カルヴァドスというのは、シードルを蒸留してできた酒である。原料は同じでも、作り方が変われば酒は変わる。同じ米でも日本酒ができたり米焼酎ができたりするのと同じことだ。焼酎やウイスキーがこの蒸留酒の仲間で、樽で熟成させるあたりはほとんどウイスキーに性格が近い。最低でも2年は熟成させる必要があり、またフランス・ノルマンディーはカルヴァドス地方で作られたものだけしか「カルヴァドス」と名乗れない。

ちなみに僕がカルヴァドスと出会ったのは高校生の頃、当時ラム酒入りのチョコにハマっていた僕らは校則の厳しい学生寮でチョコを大量に食べて酔うという遊びをしていた。ある年にその異種商品としてカルヴァドス入りの酒が出たのだ。兼ねてよりりんごが好きだった僕はそれを食べ、大いに気に入った、のだがそれっきりそのチョコを見ることはなくなり、僕の記憶の奥底にカルヴァドスは刻み込まれていた。


さて、シードルだが、実は日本では形の悪いりんごを使って作ったりする。商品価値が上がる上、無駄なく売れるからである。見た目が悪くたって、味は変わらない。いつも問題なのは見た目で判断する側にある。つまり、見た目なんかは一側面に過ぎない、大したことはなく、中身が大事なのだ(こちらが本音)。


飲み食いされたりんごたち

こちらに来て飲み食いしたりんごを紹介しよう。どれだけ福田の一部になったのか、先に告白しよう。数えてみたら、シードル瓶7本、小瓶1本と、グラス6杯弱、カルヴァドスは3杯、生りんごは意外と少なく3玉程度だった。それに、りんご製品をいくつか食べた。2週間の日程でよくこれだけ飲み食いしたものだ。僕の血の半分はきっとりんご果汁だと思う。ということで大満足の日々の記録を以下に綴っておくことにする(勿論だがビールやワインも堪能した)。

まず空港に着いてすぐ、迎えに来てくれたマイ・ガールフレンド(フランスに留学中)がりんごジュースとりんごクッキーを持ってお出迎え。こちらのりんごジュースは色が濃い(不適切な比喩で大変恐縮だが、朝一番に出した尿の色が近い)。日本のシャバシャバしたのとは違う。ただし100%ジュースは少なく、大体水や砂糖が加えられている。味は酸味が少し前に出ていた。

さて宿泊地に向かう途中のスーパーでりんごと小瓶のシードルを購入。本場の初シードルだ。

手前が差し入れしてくれたクッキー。
ジュースの写真は忘れた。

思っていたより甘くない。まぁこのラベルから見たイメージ通り、という感じ。どこか荒っぽさを感じさせるクセがあるものの、飲み口は軽い。うーん、これは美味しい。人にシードルを説明すると、甘い酒として認知されるが、そんな人にこのシードルを飲んでもらいたい。いやぁ、酒好きがハマるのもわかる。シードルの深い世界を覗き見た。

つづいてシードルを飲んだのはパリ近郊のガレット屋。サーモンのガレットを注文したのだが、あまりの美味しさに感動した。蕎麦の新たな魅力を発見してしまった。そしてなにより、これがシードルに合う。出されたシードルは少し辛めのもの、キリッとした淡白な味わいとほのかに香る甘さが、口に残るサーモンの濃厚な脂をスッと流し込んでくれる。たまらん。シードル屋を開くならガレットも作りたい。この組み合わせ、発見してしまった。なんて思ったら、割とオーソドックスな組み合わせなようで、いやはや世界は広いし、脳は小さい。まだまだ勉強です。


こんなシードルも飲んだっけ。これは辛口だった。白ワインのような香り、そのままでも良いがサラミとチーズでいただいたところ、これがうまい。こちらのサラミ、安いもので2€しない値段(日本円で200円程度)でうまい棒サイズの肉塊が買えてしまうというのだから驚き(安さを強調しておきたいのだが例えが12円のうまい棒だと少し霞む気もするけれど)。

ちなみに、シードル自体もそんなに高価でない。酒の部類ではむしろ安いほうだ。特にこちらではどこにでも売っているから、嬉しくてついじゃんじゃん買って飲んでしまうのだ。


それから観光客に人気の大衆食堂。シードルはないとのことで、代わりにカルヴァドスを。なかなかきつい味のが出た。ほとんど焼酎。後で知ったのだがこれは熟成があまり進んでいない味のよう。焼酎好きは若いカルヴァドスにハマるのではないだろうか。僕は割と焼酎は飲める口だから美味しくいただけたけれど、それでもうーん。

昼には、りんごを使った料理ばかりのレストランに向かった。日本で探し見つけ、期待も膨れ上がっていた、のだがなんとそこ、3年前に潰れたらしく、無念。ということで昼は中華を食べた。そんなこともある。

さて、いつも使う駅で、どこにでもあるパン屋にてデザートを。こちら、シャンソン・オ・ポム、だっけか、クロワッサン生地のパンにりんごのコンポートが詰まった、素敵な一品。

これが案外、酸っぱい。日本のりんごは世界的にも甘いことで知られる。そんな甘々なりんごで育てられたおぼっちゃまには、フランスのりんごは酸っぱかった。けれどこれ食後にはいい。少しもたれた胃を引き締めてくれるような、後味すっきりのコンポート。表面のサクサクの砂糖と相まって、、うー、いま思い出してもよだれが止まらない。

そして夜には、念願のシードルバーへ。店内はシードル愛に溢れ、数十種類のシードルとりんごの可愛いポスターがお出迎え。気さくで品の良いマスターいちおしのシードル4種飲み比べセットとカルヴァドスを注文。

四種のシードルはそれぞれ全く異なるテイストのものだった。一つ目はよく飲まれるような辛口シードル、二つ目はより辛く香りの強いもの、ここまでは想定内だった。三つ目、強烈な燻製臭、飲んでいる時に頭に浮かぶのはウイスキー。濃いハイボールを飲んでいるかのよう。四つ目、これは先ほどに近い燻製味にもかかわらず華やかで軽い香りが。生産者は変態に違いない。恐らくだけど、カルヴァドスで使った樽で発酵させているのではないか。これは斬新な味のパレードだった。

さらにカルヴァドスは香り高く甘い、まろやかなもの。「発酵ジュース」と書いてあったのだがアルコール感はカルヴァドスだった。あれは別の飲み物だったのだろうか。気になるが分からずじまい。

さて所変わってガールフレンドの住む、ホストファミリーの家にて。自ら買ってきたシードル、roseというのは種類の一つで、他の果物などで香りづけしたような、フルーツ味香るシードルだという。食事、というよりデザートに合う。甘い食べ物に合わせるとシードルの甘みはかえって落ち着き、さっぱりとした甘さを堪能できる。ファミリーが歓迎に作ってくれたのはりんごのタルト。なんとまぁ、これの美味しかったこと。

さてシードルにはいくつか種類があることを知り、試したくなった。ちょうど機会があったので同じメーカーの甘口と辛口を試す。

辛口のシードル
料理は白身魚のフライ、自分らで作った
甘口のシードル
食卓を彩るミモザの花

まったく飲みごたえが違う。甘口は甘い果実酒、ほんのりアルコール。だけれど辛口はビールや白ワインに近く、ほとんどりんごの甘みは感じない。ただ香りに残っていて、これは割と淡白な匂いだった。同じノルマンディー産の同じ原料を使ったシードルでも、甘口か辛口かで(つまりは発酵の具合で)全然違うんだなぁ。

さて、ここまでついてきているだろうか。
もう僕はここまで書いて読者に読まれることを放棄している。完全に自分用のメモだ。

物好きはもう少し付き合っていただけたら。

さて、割と辛口をたくさん飲んだので、次は甘口を購入。1日1本のペースで飲んでいる。1日1個のりんごは医者いらず、というが、林檎酒も同じだろうか、どうだろうか。

素敵なラベルに惹かれて買ったのだが、案外個性がない。だが前に飲んだものよりはクセ(ある種の臭み)がない。変に個性が立ってないから飲みやすい。甘口は食前やデザートの時に好まれて飲まれる。この一本はまさにそうした時に相応しい。

癖のない甘口シードル


さて少し離れたスーパーへ向かうとまた見たことのない一本を発見、こちらはなんと赤みがかかっている。ほぼオレンジ。今まで見た中で一番きれいな色だ。これは「赤果肉りんこ」といわれるものを使っている、つまり果肉まで赤いりんごを使っているから、シードルにも色が出てるのだ。

赤みのかかったシードル

甘口でおいしい。甘いのだけど意外と酸味も強いから、これはデザート向きかも。食事中に甘口はあまり好きじゃない、という自分の好みがだんだんわかってきた。にしても、綺麗な色で暫く見惚れてしまった。

これはりんごのシャーベット。果肉がごろごろ入ってて美味かった。ちょっとこの辺は駆け足で紹介。

シードルだけでなく、りんごジュースも。bioというのは、フランスのオーガニックの基準のことなのだが、あちこちでこのbio商品が確認できる。bioコーナーはもちろん、普通の商品と肩を並べて当たり前のように売られ、買われている。

こちら先ほどのシャンソン・オ・ポム、今度は旅行途中で見かけたパン屋にて。これは甘かった。

はい、3度目のシャンソン・オ・ポム。最後に食べた近所のパン屋のこれが一番美味しかった。灯台下暗し。柄も波のようで綺麗。

そしてこちら、シードル街道なる場所に行ってきて本場の味を飲んでまいりました。このシードル用のカップ、欲しかったなぁ。この旅については別の記事にまとめたので、またお暇なら読んでってください。


ということで、たくさんりんご商品を食べました、フランス旅。りんごへの愛で溢れております。大学院はりんご研究にしようかしら、なんて。

ということで、僕の好奇心の旅は、死ぬまで、

つづく。

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