シードル街道を歩けばりんごに当たる
僕とりんごとの出会いは、幼少期に遡る。いつから好きだったのかはよくわからない。意識して好きになったのはいつからだろう。ほとんど初恋と同じだ。
小さい頃の思い出ボックスに、りんご狩りに行く予定が書かれた手紙があった。それが今のところ見つけた、いちばん古い記録。中学ではライスクッキングコンテストなる、米料理の校内コンテストがあったのだが、そこで僕はりんご果肉を混ぜこみ、りんごジュースで米を炊くという、狂気の料理・りんごはんを作った(しばらくイジられたなぁ)。で、なぜかこれが食堂課長賞を獲ったのはいい思い出。
そしてシードルと出会ったのは昨年、20歳になってすぐのこと。知ってからというもの、本場フランスの聖地・ノルマンディー、特にその中のシードル街道へ憧れをずっと抱いていた。シードル街道とは、りんご農園やシードル醸造所が立ち並ぶ一帯を走る道路のことだ。トレッキングコースのようになっている。フランスのど田舎の村の、農場をつなぐ街道だから相当な長さだ。
そこへ、やっと訪れることに。もっと観光地だと思っていたのだが、最寄駅で降りて聞いても誰も知らないという。Googleマップは歩くと2時間かかるというし、バスも電車もないし困った。ということで急遽ヒッチハイクすることに。
地元民からの冷たい視線を浴びながら、街の駐車場で紙を持って立つことに。しばらく捕まらないかと思ったが、心優しい方が話しかけてくれ、それに釣られて何人か僕らを囲むように、その中の一人が「ガソリン代出してくれるなら」と快諾してくれ、乗せてもらうことに。
車で行くとたったの15分で着いてしまった。石造の街並みにりんごの看板、ここだ、シードル街道!
着いてみてもやっぱり思ったのが、ここは観光地でないということ。土産屋も大してない。ひとつセレクトショップ風の酒屋があるのと、街のスーパーがあるくらい。…本当に片田舎そのもの。フランスに来てまで何をやってるんだか。
街で唯一開いていたレストランに入った。店内は静かめなBGM、格式ばった机の並び、少し敷居の高いところだった。料理のソースにもシードルが使われていて、その辺りはさすが産出地といったところ。もちろんシードルも注文、するとシードルを飲む用のマグコップで提供された。本で見たやつだ!と一人はしゃぐ。地方によってはビールグラスやワイングラスで飲まれるが、ノルマンディーの伝統的な飲み方はこのマグカップらしい。
お腹も満たしたことだし、シードル工房に行くことにする。事前にシードルを作っている農家さんに直接連絡を取り、見学の約束をとっていた。これしてなかったら本当にすること散歩くらいしかなかったよ。とはいえ、フランスの片田舎散歩はなかなかに楽しかった。そのまま徒歩で向かう。
農園に着くとりんごの木が道の両側にずーっと並んで立っている。そしてなぜか、果樹園に真っ白な牛が何匹もいる。
呆気に取られていると、奥の建物から黒い毛玉が飛んで出てきた。近づくにつれ輪郭がはっきりしてきて、それが大きな犬だと気づく頃には飛びつかれていた。まったく、犬にものすごく好かれるのは何故なのか。その子と戯れていると奥から女性が出てきた。この農場の持ち主の娘さんという。
なぜ牛がいるのですか、と聞いてみた。この農場は化学肥料や農薬を使っていないのですよ、その代わりに、牛。牛は地面の雑草を食べてくれるし、糞がいい肥料になる。自然のやり方でできるだけ作りたいんです、と物静かにけれど確かな足取りでそう話してくださった。
ここでは12haだったか、広大な農地で40種類のりんごを作っているという。りんごには苦いのと酸っぱいのと甘いのとあって、色々な種類を組み合わせてシードルの味を作っているという。
シードルを作る工程も見せていただくことに。ちょうど今朝、今年最後のシードルを詰め終えたんです、そう朗らかに教えてくれた。
りんごは9月過ぎから収穫が始まる、採れたりんごは洗われ、選別されたのちに絞られりんご果汁が作られる。この時に出たりんごの搾りかすは牛たちの好物だという。循環ができてるんだなぁ。絞られた果汁の一部は、そのまま殺菌されジュースとして瓶詰めされる。
残りは酵母を混ぜ込んで発酵させ、樽で3ヶ月ほど寝かせ、シードルを作る。発酵の段階で事前に炭酸が含まれる。のちに炭酸ガスを足すやり方もあるがこの農場ではあくまで自然なやり方にということで時間がかかってもそのようにしているという。
発酵を早い段階で止めれば甘口、発酵を進めるとセミドライ、糖がすべてアルコールになるまで発酵させれば辛口になる。できたシードルは酵母菌の量を調整されたのち瓶詰めされる。瓶の中で菌はまだ生きており、調整したことで活動は遅くなるが、瓶の中で二時発酵が行われる。
一次発酵は、酵母を混ぜられてから三ヶ月程度樽の中で行われるという。りんご畑の隣の小屋が醸造所になっていたのだが、なかは秘密基地のよう。ぱちっ、とライトがつけば洒落たバーにも似ている。ウイスキー工場のように樽が並べられていて、それもまたいい。
畑と醸造所の見学を終え、いよいよ試飲。まずはシードルの飲み比べを。同じリンゴジュースベースから作られた3種類を。辛口、セミドライ、甘口と飲んでいく。うーん。どれも味わい深い。僕のお気に入りはセミドライだった。ここのリンゴジュースも飲んだのだが、蜂蜜のような複雑で繊細な味わい。それが残りつつ、さっぱりとした口当たりが、たまらない。
カルヴァドスも試飲。この農場での熟成の最低期間5年ものと、最長の25年もの(!)を。
違いは明らかだった。5年ものは焼酎のようなアルコールの辛さや雑さが気になる。美味しい、のだが特徴が薄い。対して25年もの、芳醇な味わい、りんごのコクと甘味が強いアルコール感をふんわり抑え、飲んだあともしばらく香りが口いっぱいに残る。鼻から抜ける香りもたまらない。25年の歳月の重み、5年でもまだひよっこなのかと、時間の暴力のようなものを、それはいい意味での暴力なのだけど、感じた。
その場で気に入った2本を購入した。なんと25年もののカルヴァドスも。目標ができたような気分だ。この規模でこれだけ作れるのか、と驚いた。ここで作られたシードルたちのほとんどはこの地域の中で消費されるため、パリなんかには卸していないそう。本当の味は、いつでも田舎にある、のかもしれない。
レンガ造りの小屋は瓶の入った木箱でぎっしり。秋はりんご、冬はシードルをここに貯蔵しています、秋はりんごの香りがいっぱいに広がっていますよ、とにこやかに説明される。秋に、また来なくては。
ということでシードルを巡る旅は、こうして一旦幕を下ろした。まんぞく、まんぞく。
帰りはどうしたかって?もちろん、またヒッチハイクさ。
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