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リタイアアーリーのもったいなさとびっくり箱

そろそろ(昔働いてた企業の)年金もはじまりそうな私がFIREとかリタイアアーリーというのもあれなんだけど、FI(経済的自立)はおいといてRE(リタイアアーリー)について考えてみた。

私が今おもう面白くて凄い経験の数々、世界にちらばってる凄い知人や友人達の多くは40歳以降の仕事で得られたもので、もしかするとその半分以上は50代になってからだったりする。40歳以降に入った複数の組織と、そこでした仕事で得られた経験と、そしてそこで知り合った人々が今の自分の世界や考え方を作ったのはほぼ間違いない。その仕事は組織に入って無理やりやらされた仕事でいやいや会った人々かもしれないけど、リタイアしてたらやれなかった仕事で、リタイアしてたら知り合う事もなかった人々がほとんどだ。

そんな自分が40代でリタイアして仕事(組織)からはなれていたらどうなったんだろう。全く今と違う自分と自分の世界になっていたのは確かだが、もしかすると、40歳前までの小さな自分と小さな世界で終わっていたのだろうか。小さなといったら誤解を生むかな。けど、なんかこう「生まれ育った田舎の町で一生を過ごした中学校の同級生」みたいな自分を想像してしまう。

と考えると、リタイアアーリーはもったいない。

だから息子には 「仕事は大変なことも多いけど、 思いもかけない経験や、思いもかけない人々が飛び出てくるびっくり箱をもらうようなものだから、できるだけ長く沢山の大きなびっくり箱を開けてね」と言いたいなと思ったりする。けど、電話してこないので、ここに書いておきます。