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【マネジメント連載企画vol.11】マネジメントできないマネージャーたち~介護経営の陥穽(おとしあな)~」

第2章 陥穽(おとしあな)に落ちないために⑦


多分業化~介護助手を活用する➃


「解剖」が仕事を変えていく


 業務の細分化について考えるとき、思い出す1冊の本がある。布施英利著『子どもに伝える美術解剖学 目と脳をみがく絵画教室』だ。本の中で紹介されているのは、魚の解剖を取り入れた型破りな絵画教室の様子である。ほぼ記号に近い単純な描線の魚しか描けなかった子供たちが、魚の解剖を体験することで、リアルな魚のフォルムや細かいウロコまで捉えた精緻な絵を描くようになる。描画術は一切教えず、ただ解剖を体験させるだけで、子どもたちの視点が変わり、描くという行為が変わり、絵が変わるのである。
 業務の細分化という体験でも同じようなことが起こる。日々の仕事を細かく切り分けてみることで業務アセスメントの精度が上がり、隠れていた仕事が見つかる。細分化によって具体化された仕事は、中身が明確でとっつきやすく、それが新たな働き手の開拓につながる。また、細分化されて範囲が狭くなった仕事は職員にすれば教えやすく、介護助手にとっては覚えやすい。
 介護助手が担当する配膳や清掃等の仕事は、介護職が何らかのケアを行っている間に同時並行で進むので、この部分が時短になる。たとえわずかでも、介護職の業務にすき間を生み出すことができるのだ。物事を分解し、改めてひとつひとつのパーツを丁寧に見るという行為が、仕事の捉え方を変え、雇用と働き方を変え、教え方すら変えていく。「解剖」に秘められた力は侮れない。



緊急対応できる価値を見直す


 仕事をパーツ単位で見つめ直し、ケア業務とケア周辺業務に腑分けしていくと、介護助手は「単能工」であり、介護職は「多能工」であることに改めて気づかされる。介護助手の導入とは、単能工の雇用によって、守備範囲がより広い多能工の働き方を変える取り組みでもあるのだ。
 新たな働き手の雇用で捻出した時間の使い道は、利用者の自立した排泄へのこだわりやより丁寧な整容、余裕を持った食事介助など、時間に追われがちなケアのスケジュール緩和に充てられることが多い。現実的かつ正しい選択である。ただ、これらはすべて定期的な業務ばかりだ。あまりいわれないことなのであえてここで触れておくと、捻出した時間を、多能工である介護職だからこそできる非定期業務に充てる、という選択肢もないわけではないのだ。
 介護現場において「緊急事態に対応できる価値」は大きい。利用者の体調の急変や事故、職員の感染症罹患や急な休職・退職などに確実に対応できる人材は多能工、つまりベテラン介護職である。高度なケア対応を求められるケースに即応できるのも、やはりベテラン介護職だ。毎日ではないにせよ、いざという時にすぐにベテランが動いて収まる事態は、少なからずある。だが、そんなベテランの大半は定期業務を受け持っているので、緊急時にはすぐ動けない。あるいは自己犠牲で無理して動くことになる。表面には出にくいが、これが実は大きな問題だと思うのだ。


あえてレギュラーに組み込まないという選択


 贅沢はいわない。事業所にただ1人だけ、緊急事態にフレキシブルに対応できるベテランがいれば、炎上する仕事はもっと減らせるはずだ。救われる人も、もっといるはずだ。
 もちろん、そのような人材を緊急事態に備えてただ待機させておくわけではない。日常的には、以前述べた「やろうと思いながらできていない明後日の仕事」をしてもらえばいい。行政の指導に耐え得る書類整備、業務改善のための手順書作成、新人教育など、必要性を感じながらできていない非定期業務は山ほどある。ベテランの多能工は、その最適任者だ。平時はこういった仕事を進めつつ、有事には緊急対応できれば理想だろう。
 これまで私たちは、介護職が多能であるのをいいことに、多様な仕事を任せてきた。当然、多能な人材に多様な仕事を割り振ることは間違いではない。だが、それは時として、多大な負荷となって貴重な人材の職業的寿命を縮めてきたのではなかったか。燃え尽き離職に油を注いできたのではなかったか。自省を込めていうが、私たちはそろそろ、人口減社会において多能工を使いつぶすことの損失について、真摯に向き合うべき時期にきている。何でもできる人だからといってあらゆる仕事を詰め込むのではなく、何でもできるからこそイレギュラーに備えてレギュラーには組み込まない。そんな人材の活かし方もある。いま、私たちのマネジメントの力量が問われている。



参考図書『子どもに伝える美術解剖学 目と脳をみがく絵画教室』ちくま文庫(2014年)



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