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「自分だけ取り分少ない」心理テストにツッコミを入れる

多分、さまざまなバリエーションがあるので、コレという原典を示せないんですけど、いろんなところでちょいちょい見かける心理テスト的な設問があります。

あなたには2つの選択肢があります。

A. あなたは200万円もらえて、他の人たちは各々100万円ずつもらえる
B. あなたは500万円もらえるが、他の人たちは各々1000万円ずつもらえる

どちらを選びますか?

こう問うと、ほとんどの人はAを選びます。Bの選択肢の方がもらえる絶対額が多いにも関わらず、他の人たちより自分の取り分だけが少ないという不平等を嫌って、Aを選ぶのです。これは、人間が感情に流されて経済合理性に合致する理性的思考ができないことの現れです。

(江草のうろ覚えのセッティングです)

的なやつですね。

ものによって額面が違ってたり他メンバーの人数が何人かというセッティングは異なるものの、絶対的な利益よりも相対的な利益を重視してしまう人間心理の不合理性を示す例として引き合いに出される点ではおおよそ共通してると思われます。

まあ、なるほどなと思いはするんですよね。自分の利益が失われるのを覚悟で、ずる賢いムーブをする者を懲らしめようとする「最後通牒ゲーム」というテストも知られてますし、実際に人類に共通する心理なのでしょう。江草自身、感覚としてその選択肢を選んでしまう気持ちは何となくわかります。

ただ、言うほど本当に不合理な選択かというと、疑問も残るんですよね。

というのも、金銭というのは詰まるところ相対評価で威力を発揮するツールだからです。

たとえば、Bの選択肢。自分が500万円もらえて、他の人たちが1000万円もらえると。他の人に比べて少ないけど、それでも500万円もらえてラッキーとなるかというと、そう単純な話ではないですよね。

だって、その1000万円もらえる他の人たちが「社会における自分以外の全ての人」であったとしたら、普通は世の中の物価が上がるでしょうから。つまりインフレですね。まあ、世の中で物が有り余っている場合はその限りではないんですけれど、少なくとも人件費上昇圧力にはなるでしょう。
すると「金銭を用いて他人に自分に対するサービスを頼む」あるいは「物を作ってもらう」という側面で見ると、取り分の絶対額の高さはインフレで相殺される恐れがあり、自分だけ社会の中で取り分が少ないのは損になりうるわけです。

すなわち、皆、インフレ予想という経済の常識的感覚を備えているからこそ、絶対額が大きくても自分だけ取り分が少ないBの選択肢を嫌っているのではないかと思われるわけです。

もっとも、設問のセッティングは別に社会全体の他の人たち全員に配るというものではなく、「他の5人に配る」とかそういう経済に対する影響が十分に小さい場面を想定しているものであるのが普通でしょうから(物理の問題で言う「ただし空気抵抗はないものとする」みたいなやつですね)、その意味で言うと確かにやっぱり不合理な選択ではあるとは思うんです。その判断が経済に影響がなくインフレもしないのであれば、絶対利益を重視する方が合理的です。

ただ、それも「金銭があくまで相対評価に過ぎない」という重要な経済感覚を知っているからこその勘違いであるとすれば、ある意味では経済合理性に基づいてる判断とも言えると思うんですね。「基本的に他の人よりも自分が多くもらえるようにするのが経済的には有利」という経済の理屈にはのっとってるわけですから。

言ってみれば、人が「ピザ」と10回続けて言わされたせいで肘を指さされて「ヒザ」とうっかり答えてしまうことがあるように、日頃から常に経済合理的に動いていたせいでついうっかり「自分だけ相対的に多くもらえるAがいいです」と答えてしまったみたいな、これはそんなひっかけ問題に過ぎないんではないかと。

ひっかけ問題で「ヒザ」と答えてしまった人が、それをもって「人の体の名前が分かってない愚か者だ」と言われるべきではないですよね。確かにそれは誤答ではあるものの、本質的にはただの「ひっかけ」なんですから。


さて、それゆえに、この心理テストは結構厄介な側面がありまして。

それはこの回答がベーシックインカムに反対する人たちの心理(経済合理性?)を示しているということです。

江草も支持するベーシックインカムは、全ての人に無条件で均一にお金を配るという施策ですけれど、「何もせずお金がもらえるだなんて絶対額的に確実にお得だからOK」と誰もが素直に納得するかと言えば必ずしもそうではないということを、この心理テストがあらわにしてると思うんですね。

確かに、設問と異なりベーシックインカムでは、もらえる金額に差はありません。その点で言えば、相対評価の問題も回避できてるように思われるかもしれません。しかし、がっつり皆に金銭を配るということは、それまでに貯めた金銭の価値を相対的に下げることを暗に促しています。つまり、ベーシックインカムが現在までの資産格差を緩和する方向を目指す施策であるのは間違いないわけです。

この心理テストにおいて金額の絶対評価よりも相対評価を無意識に重視する人が多いということは、すなわち、ベーシックインカムに対してもそうした相対評価的視線が注がれることを示唆します。だから「既に持てる者」たちからすると「ベーシックインカムは絶対額的には一見お得でも相対評価的に損をしそうだから嫌」となるわけです。

これが意識的に理詰めで考えた結果でさえなく、経済合理性にまみれた現代社会を生き抜いてきたからこそ皆に無意識に染み付いてる本能であるとすれば、なおさらくつがえすのは容易ではないと思うんですね。

本人たちも自覚してない本能的、反射的な感覚の抵抗を超えて、どうやったらベーシックインカムを納得させることができるのか。少なくともこの説得は「絶対額的にお得だから」だけでは難しそうであることがこの心理テストの回答傾向から見えてくるわけです。ベーシックインカム推進派はこの攻略を考えねばならないという課題を抱えていると言えましょう。


とはいえ、まさにそうした経済合理性による説得だけにとどまらない「ベーシックインカムのすすめ」を書かれてるのが江草のnoter朋友たるホモ・ネーモ氏のこちらの書籍です。

ベーシックインカムの社会的意義をわかりやすく提示してる入門書籍として秀逸ですので、オススメです。



また、こういう世の中でよく引き合いに出される定番エピソードに、あーやこーやツッコミを入れるタイプの記事を江草は時々書いてますので、こういうのが好きな方はご覧になってみてください。


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