NHKスペシャル「中流危機を越えて」ツッコミ感想3 〜もう足早にツッコミを列挙するよ〜
過去2回にわたりツッコんできた先日のNHKスペシャル「中流危機を越えて」。
ツッコミどころが多すぎるので引き続きどんどんねちねちと指摘したかったのはヤマヤマだったですが、シンプルに放送から日が経ってしまったゆえ、江草自身も含め観た人の記憶が薄れつつありますし、もう観直せる人もすくないでしょう。
あんまり引っ張ってもしょうがないので、雑に江草の視聴メモをガサっとあげておきます。
ある程度整型はしましたが、あくまでメモレベルのなぐり書きを起こしたものなので、あちこち話に飛躍がある点はご容赦ください。
主に第二回の放送を受けての感想と、その上で全体の振り返りもする流れです。
第二回はITスキルを学び直す「リスキリング」と、非正規労働者を管理職に登用したり賃金UPする取り組みを、中流危機に抗する処方箋として紹介。欧州の成功事例を提示する形式。
別に両方の処方箋は賛同するところなのですが、誰でも思いつくレベルの今まででも当然可能であったはずの策でしかないわけで、まず追求すべき問題は「なぜそれが今までやられなかったのか」でしょう。その原因が分からないままその処方箋を投じても、原因不明の「謎の力学」により無効化されてしまいうるので、まず問題の診断をすることが不可欠なはず。
問題を診断する作業を怠って、聞こえのいい「ITスキル」だとか「デジタル化」だとか「ビッグデータだ」「AIだ」と言えば稼げるようになると夢みるなんてITとビジネスをなめすぎです。だいたいホワイトボードが電子的なデジタルボードに変わった瞬間に何かが生まれるわけではありません。そんなんでうまくいくならObsidianやLogseqを使ったら誰でもすぐに天才になれます。当然ながらツールはあくまでツールでしかなくて魔法の杖ではないのです。そもそもホワイトボードが使われず置物のようになってたり、考えることをないがしろにするような職場文化が変わらないなら、ツールがどんなにハイテクなものに変わったところで何の意味もないでしょう。
だいたい政府の人材スキル支援の予算も4000億円て少なすぎます。日本に労働者が何人いると思っているのか。桁が1つは足りないでしょう。
1回目の放送もそうでしたが、企業内や個人内での自助に頼る話ばかりで、公的支援の少なさへの追及が弱すぎです。
番組全体を通して、ミクロの視点ばかりでマクロの視点が決定的に足りないです。最後の経営者の方の提言も「企業利益を上げてから賃上げ」って、経営者の心がけとしては至極一般的なものではありますけれど、「賃上げをみんながしないから利益が上がらない」という不景気スパイラルのマクロ視点の話をずっとしてたのに結局そのミクロでの努力視点に戻るのかとずっこけてしまいます。
労働組合だって組合の組織率向上のPRだけじゃなく、なぜ組織率が下がってしまったのかの反省の弁も出すべきでしょう。労働移動にも正直イヤそうだったし、結局「正社員身分」の保護団体でしかないのではという感が拭えないです。
イトーヨーカ堂が非正規社員を管理職に登用したという「非正規社員活躍」エピソードも、いい話に見せすぎて逆に違和感があります。
非正規社員の待遇を上げたら士気があがってサービスがよくなって売上があがるような単純な話であったらそもそも今まで人件費抑制に動いてないでしょう。
全国的に何十年も「労働者の待遇を良くしたら売上が上がる」ということに経営者たちが誰も気づかないまま、人件費をコストカットし続けたとでも?
そんなはずありますか?
実のところ、非正規社員の待遇を上げる代わりに、正社員のリストラや昇給抑制、新規採用の抑制などをしているだけというカラクリなのではないか、と邪推してしまいます。
だいたい、日本社会の正社員と非正規という区別(差別)自体の奇妙さももっと追及するべきでしょう。そもそもなぜその両者を区別しないといけないのか。
また、同一労働同一賃金の法改正も既に適用されているはずなのに番組ではなんら触れることがないのは掘り下げが浅すぎます。
番組は全体的にどうも「能力や付加価値が高い人に相応の対価として給与が払われている」という誤った前提をもっているように思われます。
だから「労働者がスキルアップしたり創意工夫してくれればその分給料が上げてあげるよ」というミクロの努力目線でしか中流危機を捉えられていないのではと。
『給料はあなたの価値なのか』で指摘されてるように、実のところ世の給料は個々の労働者の能力や成果を反映しているのではなく、政治力に依るところもかなり大きいのです。
その証拠に、番組で取りあげられていたヨーロッパでの「リスキリング」や「パートタイマー活躍」のエピソードでも政治力を持つ労働組合の尽力があったことが描かれています。
あるいは、誰でも周りを見渡せば、たいした成果もあげてないし能力もないのに政治力だけで高待遇を得てる人物が嫌でも目に入るでしょう。
労働者の政治力が弱いなら、たとえ労働者がスキルアップしたところで、中流全体が救われることはないのです。
しかしながら、労働者は労働者で、とくに協力しあうわけでもなく、団結するでもなく、「自分だけは救われよう」とスキルなり株なり学歴なり資格なりの個人資本を確保しようと躍起です。番組でもそういう姿が映されてました。結局「万人の万人に対する闘争状態」です。
そんな労働者同士が分断されてる状態で政治力を持つことは難しいでしょう。
これこそが中流危機を診る上でキモになるところのはずで、このあたりの分析をNHKの番組では是非掘り下げてほしかったのですが、正直期待はずれでありました。