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魔法陣の上で僕らは生きている

我が子がそろそろ魔法少女になってしまいそうです。

というのも、娘(2歳)がアレクサに向かって「メルちゃん、お買い物、再生!」と呼びかけるようになったのです。

娘は最近YouTubeでメルちゃん動画を見るのにハマっています。自分でも自由に観たがって、親がアレクサに再生の指示を出しているのをマネするようになったというわけです(Fire TVはYoutube再生を声だけで指示できるのです)。

あとは「アレクサ」の言葉を頭につけさえすればアレクサへ指示を出す呪文が完成してしまいます(厳密にはちゃんと再生するには「Youtube」の言葉も要りますが)。親が毎回「アレクサ」と呼んでいるからマネするのも時間の問題です。魔法少女にほんのあと一歩です。

こうなってくると、そう遠くないうちに娘は動画再生だけでなく、照明を突然消したり、「どんだけドーナツ!?」を爆音で流したり、メルちゃん人形をAmazonで注文することもできてしまうかもしれません。そんなことになれば、わが家は大混乱です。

しかし、よくよく考えてみるととんでもない時代です。まだ日本語の文法さえおぼつかない幼児が、単語の羅列を唱えるだけで動画再生を始め様々な現象を発動させることができうるわけですから。

さきほど、呪文と言いましたが、娘が単語を順に唱える姿はまさにちっちゃなspell-caster魔法使いで、それで大きな現象を引き起こす様は魔法と言う他ありません。


ところで、このような呪文の詠唱は大人の世界でも人気が急増しています。みなさまご存知のchat GPTを始めとする生成AIの進歩です。

文章のような単語の羅列のような、独特の風体のテキストでつづられた「プロンプト」を駆使して思い思いの画像を生成するよう多くの人々が知恵を絞っています。そしてこの「プロンプト」は実際に「呪文」と呼ばれているのです。

確かに無機質なテキストの「呪文」から、華やかで多彩な画像たちが次々と生み出される姿には召喚魔法のような魔力性を感じざるを得ないでしょう。

でも、振り返ってみると、ITというのはそもそもからして呪文であったようにも思われます。コンピューターに指示を出すのに2進数の「010101000010……」もしくは16進数で「E3 82 B5 E3 83 B3 E3 83 97 E3 83 AB」といったインプットを与えるのも、同じくテキストを唱えてるとみればこれも十分に呪文と言えましょう。

ただ、同じ呪文でもかつてのようにパンチカードを用意したりアセンブリ言語を駆使する必要がなく、私たちの日常の自然言語に非常に近い形でコンピューターに指示をだせるようになったのが現在で、それぐらい指示が自然で簡単になったからこそ、ついには幼児でさえも呪文が唱えられるような世界になりつつあるというわけです。

つまり、魔法が一部の専門職だけの技術ではなくなり、どんどん一般大衆に普及していっている。そんな時代になっています。

多くのファンタジーの物語では、機械文明と魔法文明は分けて描かれることが多いように思います。でも、大変面白いことに、今はまさしく魔法を機械(IT)が実現しています。

十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない

アーサー・C・クラーク

とは、もはや使い古された名文句ですが、この言葉の意味をこれほど体感的に味わえる時代は今をおいて他にないでしょう。

もっとも、私たちが簡単に呪文を詠唱できるようになったのは、その環境が整備されてきたからです。生成AIの研究が進んだだけでなく、社会に張り巡らされた情報ネットワーク網の発達、ハードウェアのアーキテクチャの進歩、デバイスの普及、ソフトウェアやプロトコルの整備などなど、様々なバックボーンの装置やシステムが下支えしているからこそ、幼児が呪文を唱えられるのです。

言ってみれば、これらの背後システムは魔法陣のようなものです。魔法陣がその上に立つ者の魔力を増幅するから、もともと魔力が乏しい者でも魔法が使えるというわけです。

もはやIT無しの生活が考えられない今の時代、私たちは知らず知らずのうちに巨大な魔法陣の上で生きているのです。

そして多分、これからもどんどん魔法陣は大きくなり、私たちはもっと簡単にもっと多くの、そしてもっと強力な魔法を使いたくなるでしょう。願わくば、人の魔力への果てなき欲望が幸せな未来につながってるといいのですが。

ある日、アレクサが娘に向かって「僕と契約して、魔法少女になってよ!」などと言い出す日が来ないことを祈りましょう。



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