見出し画像

正欲/ファンタジーなろう小説

※この感想はラストまでのネタバレを含みます
※好意的な感想ではありません
※苦手な方はブラウザバックして下さい

私は俗に言うセクシャルマイノリティです。
女性として生を受け、女性の身体を持つ人(FTMやDIDその他を含む)に惹かれる、分かりやすく凡庸なセクマイ女性です。

それとは別に、私には特殊性癖があります。
でも、こちらは他者の権利を一部侵害するような性癖なので、生涯、自分の心の中から出すつもりはありません。

そのような生活を数十年続けてきました。
そんな私が『正欲』を読んでみました。

結論から言います。
『正欲』は、現実の当事者から乖離した「ファンタジー小説」です。
登場人物の言動が(非セクマイ・非フェチの人も含めて)非現実的すぎて「?」マークしか浮かびません。特に、いちフェチシストとして納得いかない(個人の感想です)

社会規範からの逸脱を悩んだことがある皆様は『推し、燃ゆ』を読んでください。概ね、明日の現実を生きる勇気が貰えると思います。

ただ『正欲』は小説としての完成度が高く、そこは「流石」としか言いようがありません。

◇ファンタジー小説としての『正欲』

この小説は、水(の流れ?)にフェチシズムを感じる三人の若い女性・男性を中心に、マイノリティやフェチシズム持ちを取り巻く苦悩や欺瞞を描く作品……だとは思うのです。
が、あまりに現実世界と状況が違い過ぎて、風刺にはなっていません。「なろう小説」の人気作みたいなノリです。
作者さんが「あえて調べずに書いた」と仰っているので、そういう内容なのだろうなあ……と思うし、勿論そういった作品があっても良いと思います。

けれど、登場人物たちに「その職業・学歴・性癖・性格で、この言動はありえない」と感じる部分が多すぎて、(何らかの)セクマイやフェチシストだと「う~ん……」と首をひねる作品かと思います。

「最近、多様性とかウザい」と感じている人が、現実とはかけ離れたフワフワしたイメージだけで留飲を下げたい場合には自信を持ってオススメできます。

アマゾンのトップレビューも、そんな感じの内容だね。
ただし、現実世界の小児性嗜好は『社会が悪いと判断する』からいけないのではなく、『子どもの体や精神や命を著しく加害するためダメ』です。
世間の常識なんかどうでもいいが、人を壊して被害者を生んではいけない
誇りあるフェチシストならば、そこだけは間違えたくない!

※私は「大衆迎合がいけない」と言っているのではなく、「現実の現象を調査せずにイメージで語る行為」は「あくまでファンタジー」だと思っています。大衆迎合も大切な個人の選択だし誇りある生き方だと思います。

1.フェチシストの素行がファンタジー

『正欲』には、水フェチの若者たち(アラサー女性の夏月・夏月の同級生佳道・意識高い系? 大学に通う大也)が登場します。
彼女ら彼らはネットネイティブの若者ですが、若いフェチシストなのにネットの使い方が微妙
若者らは、何と、自分のフェティシズムについてググりません。若い子でも検索下手はいるけど、三人揃って検索しないのは不自然……。

作中で、若者らは「特殊すぎて誰にも理解されないし世の中は自分たちを気持ち悪いと排除する!」と自身の性嗜好について語るのですが……
若者らのフェチシズムは、ググれば『対物性愛』というそこそこありふれた性嗜好だと簡単に分かります。

さらに、若者らの性嗜好は「他者を加害・侵害しない」性質なので、田舎の親はじめ周囲の人やフワフワ保守(一○会や花○塾みたいなガチ保守ではなく漠然と迎合したタイプ)からは泣かれたり弾かれても、世間的には「どうぞご自由に」と思われる範疇かと推察されます。
世の中には「エッフェル塔と交際奴」「ベルリンの壁と結婚奴」「テトリスと結婚希望奴」が実在しますが、彼女らは他者への加害性もないし、正直「幸せならOKです」でしょう。エッフェル塔管理者は文句を言ったらしいので、全く問題がないわけではないらしいが。

そのてん、三人の若者は「管理者もいない自然物」に萌えるだけなので、本当に無害。

実質「ファンタジーなろう小説」のため、若者たちは「特殊性癖だから誰も自分たちを知らない」と落胆するのですが……
現実に彼女・彼らがいたら、確かに生きづらいことは確定ですが、「加害性のない」特殊フェチ同士で繋がって、各地の水景を旅行でもしながら生きておられたのではないでしょうか。

対物性愛者のイケメン若者・大也が「異性からの性的な視線」「異性愛規範」を忌避するという描写も、「?」と思いました
「意識高い大学に通う・陽キャサークル所属の・ハッとするほどのイケメン」なら、同性からの性的視線も当然受ける環境であろうし、無機物しか愛せないのに「男性というヒト」からの視線や「ある程度は世間に認められるヒト同士の同性愛」を忌避しないのは不自然ではないかな、と。
彼の設定なら「ヒトふぜいが俺様に性的な視線向けんじゃねえ、俺が愛するのはテメエの体の水分だけだ」みたいにならないかな。
そもそも、意識高い大学に通っている大也の無知すぎる言動は不自然。自分のことを知るためにも、ジェンダー論とか学びたくなるんでは?
でも、彼は「勤勉」という設定でもなかったので、そこは「不勉強な男子」でもいいのかな……。

個人的には、フェチ同士で戦略的結婚した夏月と佳道は、水道代がかさむ件で責任を押し付け合って離婚すると思います。

2.非フェチの言動がファンタジー

作中には、「特殊性癖を理解できないであろう」キャラが数名出てくるのですが……彼女・彼らの言動も不自然でした。

ジェンダーやセクシャリティを学んでいる(であろう)大学生・八重子は、女性を性的に見ない大也を「何らかのマイノリティ」だと確信し、彼に寄り添おうとします。
彼女の先輩は「多分大也はゲイではないか」、大也は「(八重子は)俺をゲイだと思い込んでいるに違いない」と言いますが、八重子自身は確か断言していなかったはず。
もし「意識高い大学のジェンダーに精通した学生」であるならば、八重子は、大也についてアセクノンセクかもしれない」と考えるんじゃないかな。そして「学祭で多様性を打ち出すテーマを推進する」レベルの学生なので、対物性愛も(すっと思い浮かばなくても)視野にはギリ入るんじゃないだろうか。
しかし、真面目に勉強している設定の大学生たちの口から「アセク」も「ノンセク」も出てくることはない
実際、ジェンダーの講義でも、教授の所属によってロクでもない講義をする奴は実在する。けれども八重子くらい『意識高い大学生』なら自習するだろうし、ここまで不勉強という状態流石にありえない……。
まあファンタジー小説だからな……。

また、40代の検事・啓喜が「理解できないマイノリティ」と対峙するのですが……
40代まで検事やってりゃ多様な人間には向き合わざるを得ないし、それ以前に40代まで生きてたら多様な人生を受け止めなきゃあかん。
けど啓喜の言動は、ちょっと幼すぎる
いや、もちろん幼稚な40代なんて掃いて捨てるほど居る(むしろ幼稚じゃない中年のが少ない)。
でも啓喜の場合は「若者が考えた薄っぺらい石頭中年」なんだよな。そこは若い作者さんなので仕方ないけれども(若者が背伸びせず大人を描いた『推し、燃ゆ』にそういう不自然さはない)。
啓喜は窃盗フェチの犯罪者を「社会正義のため罰しなきゃ」みたいなことを言うけれど、中年になれば「万引きで命まで断つことになった商売人」なんて一人か二人は知っていることがままあるし、ましてや検事なら被害者の残酷な行方は山ほど見ているでしょう。もし彼が「社会正義」と表現したならば、それは概念的な「正義」ではなく、人の命が奪われる現実を見据えた言葉だと思います。
そもそも、彼の年齢と職業なら、対物性愛者程度は普通に見てきただろうし……。
そういう「生きた人間の重さ」が啓喜にはない

元警察官がギャグタッチで描いた『ハコヅメ』は、完全ギャグ回ですらキチンと「人生の重み」がある。

けど当事者ではない属性を書くと不自然なのは当然なので、ここは仕方ないよな……と思いつつ、やっぱり当事者の参考資料はキチンと読み込んだほうが良いのでは……と思いました。

3.ラストや用語もファンタジー

水フェチという「他者に危害を加えない対物性愛」は、そこまで世間が眉をひそめない(というかどうでもいい)嗜好である(多分)ことは前述しました。
ラストで、佳道と大也が「男児が性虐待を受けてる(?)映像の水部分に萌えて所持」していたせいで、二人は、ショタコン変質者と誤解されて捕まります。
しょっぴかれなかった夏月は「(仲間の)佳道を待ちます」と言うのですが……これはフェチシストとして疑問オブ疑問

自分が特殊性癖持ちだと「なるべく世間との軋轢を生まないように心掛ける」ことを念頭に置くような気がするのですが(勿論そうじゃない人もいるとは思います)、せっかく「他者に対して加害性のない性癖」を持っているのに、自分の性癖とは全く関係ない部分で仲間が逮捕なんかされた日には「しょせんアイツはエセ水フェチだった!」「水フェチの面汚し!」「私たちまで疑われるから二度と近寄るな!」と、内ゲバの末に断罪されると思います。狭いコミュニティだとよくあることです。
同じフェチシストの中から逮捕者が出てきたら「同じフェチシストとして要らぬ疑いをかけられたくない」「自分は違う」証明をせねばならん。
というか「ショタ映像でしょっぴかれた」クソマヌケ仲間を庇う義理なんか別にない。
私が夏月なら「もしかしたらアイツの正体はガチショタコンで、水フェチはファッション性癖だったのかも」程度には疑うよ。

変態にも変態なりの矜持がある
だけど、この作品には「変態の誇り」は存在しない……。

あと登場人物が「性的なものは規制される」とデカい主語を使っておるのですが、元コンビニ工口本の中の人の私からしたら違和感しかない。ひとことに規制と言っても多種多様で、媒体ごとに細かいレギュレーションがあり、「性的なものが適当に規制されている」訳じゃない。
TPOを考慮して「性的なものが規制される」場面はありますが、水フェチの場合、人権侵害・差別表現も加害性もない(重要)ので規制される理由がないかと。以前お世話になった方で「動物の交尾に欲情する」男性がいたけれど、だからといって動物の交尾の場面が規制されることはないでしょう。

コンビニ工口本や書店売り成人向け媒体で描いてたとき、日々変わる規制内容に右往左往して色々学びまくったのに、全年齢作家は細々とした規制を知らなくても書いていられるのか……などと思うなどした……。

そして単純に「専門用語の意味・使い方が間違っている」箇所が多い
しかしここは編集が注視するべき部分ではない?(作家特有の責任逃れ)

◇専門的な世界を題材にするとき調査は必須

繰り返しになりますが、小説のクオリティ自体は素晴らしいと思います。すらすら読めるし、組み立ても上手い。流石は一流の作家さんです。
単に、作家と題材の相性が良くなかったかなという感想です。
何というか、一流のパティシエが、初見&レシピなしで生きたワニを料理しちゃった……みたいな無茶さだったというか……。

私は「批判したいから」感想を描いたのではありません。
セクマイとして、フェチシストとして、あまりにありえないファンタジーが書いてあったので「それは違う」と訂正したかっただけです。

この小説の中で水フェチたちが「理解して欲しくない、そっとしといて欲しい」と発言したり、インタビュー記事で作者さんが「マイノリティが取沙汰されているけど、マイノリティは前々からいた」とおっしゃっていた。全くその通り。
だが、こんだけ当事者のリアルを無視しすぎたファンタジー小説が評価される世界だから声を上げざるを得ないんだよ!
「理解して」ではなく「そうじゃない、違う」と言わなきゃならない!
もちろんマイノリティでも納得できない属性は居て当然だよ。それに対する批判もあって当たり前。当事者同士でも意見は割れるし、私だって大っ嫌いな活動家も大勢いるし、常時内戦状態ですよ。
でもせめて、作品に書くなら、もう少し調べて欲しかった

ジュブナイルポルノ小説で「女性の生殖器の構造が違う」作品を読んだときに近い衝撃だったんだよ……○○○○先生の小説はほぼ読んでるけど、百合小説で女性身体の構造が違うのは正直どうかと思う……。

小説講座だと、必ず「小説に出てくる業界は調べよう」と言われます。
一流の作家でも、下調べをしないと、こんだけ無茶な小説になってしまうのか……という点で「下調べ」の大切さを反面教師的に教えてくれます……。
一流作家でも下調べが甘いと微妙な内容になってしまうのだから、ましてや凡人が小説を書く場合は、極力、キャラや舞台のことを調べたほうが良いね……。

※フェチシスト当事者として(何らかの)フェチシストにオススメしたい本

コチラの二冊です。

アダルトメディアに毒された成年男性向けですが、フェチシストにも役に立つ本だと思います。
この本を読んでも、フェチは簡単にやめられませんし治りもしません
でも「いったん離れる」ことで頭が整理できたり、感覚の変化を体験したりすることは、決して無駄にはならないと思います。
私も十年以上働いていたアダルト媒体の仕事を辞め、アダルトメディア自体を見なくなってから、だいぶ健康になった気がします。
夏月や大也たちは加害性のないフェチシストだから別にいいけど、それでも生きづらさを抱えている彼女・彼らにも薦めたい本だよ……少しだけ楽になるから……。

相当ヤバい限界オタクの少女を描いた作品ですが、主人公はある意味フェティッシュな指向の持ち主なので、タイプは違えどもハートの部分で分かち合えるものがあると思います。
そしてリアリティが半端ない
こちらの感想は別記事にまとめました

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?