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ライターで打ち上げ花火に火をつけた たぶんなんにも怖くなかった

3年前、学生として過ごす最後の夏。真夜中の電話で呼び出された僕は、居酒屋にいた。ビールが安いと噂のその店では既に友人2人が出来上がっていて、僕は軽くため息を吐いた。だけどこんな夏も今年が最後かと思うと途端に愛おしく思え、適当なサワーで彼らに付き合うことにした。


「2次会どこ行く?」
「もうお店開いてないよ、コンビニで買おう」
「俺ラーメン食いたい」
「え、花火あるじゃん!したい」

1次会で程よくお酒が回った僕らはいつもより欲望に正直で、ほとんど何も考えずにアイスとカップラーメンと花火をかごに入れた。夏とお酒のせいにして、子どもの頃に禁止されていた悪いこと全部してやりたいような気分だった。


コンビニでラーメンにお湯を入れて公園へ向かう。ブランコに腰をおろして啜ったスープは、酒の炭酸ばかりを入れていた胃によく沁みた。

「あ、この花火打ち上げも入ってるよ」

カオリの声に袋を覗き込むと、確かに「打ち上げ花火付!」とポップな字体が躍っていた。

「まじか。上げようぜ」
「打ち上げ花火って上げれるのか?」
「上げれるから売ってるんだろ、これでいけるよ」

ハルがシャツの胸ポケットからライターを出してみせる。こいつのこういう怖いもの知らずなところに、僕は何度も振り回され、そして救われてきた。
ここまで来たなら仕方ないと、ブランコを降りて2人のいる砂場へと向かう。 ハルはいたずら好きの子どものような顔で砂場に花火を並べていった。

「火つけたら離れろよ。いくぞ」

ハルが着火し、僕らは砂場から走って距離をとる。一拍遅れて花火は打ち上がり、既に明るくなりかけている空に次々と大きく咲いた。

「すご...!」

パン、パン、パン。

僕らは暫くその場に立ち尽くした。花火が上がったのは一瞬で、だけど僕らにとっては永遠にも思える程の長さだった。ちょうど僕らの終わりを迎えようとしている大学生活が、人生にとって一瞬の4年間だとしても、僕らにとっては濃密でかけがえのない期間だったのと同じように。


全てが打ち上がった後、花火に火をつけたライターでハルが咥えた煙草に火をつけた。一瞬、その先からまた美しい花が打ち上がることを想像したが、もちろんそんなことはなかった。ハルの燻らせた煙は花火の煙と同じ向きに流れていった。

「...火事にならなくてよかった」
「このタイミングで火事なんてしたら内定取り消しだよ」
「いやお前、内定取り消しじゃすまねーべ」

何か喋らないといけない気がして、意味もないようなことをずっと喋った。この夜を終わらせたくなかった。

まだ入ったことのない会社の内定なんて本当はどうでもよくて、失くすものなんて何一つ持っていなかった。ただ煙草の火をつけるように夜中に花火を打ち上げられる僕らは、きっと無敵だった。


あの夜よりも綺麗な打ち上げ花火を、僕はまだ見たことがない。


#日記 #エッセイ #創作小説
#あの夏に乾杯

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