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おじいちゃんとチョコレート

「お姉ちゃん、餃子おいしいから食べてって」


晩ご飯の買い出しに寄ったスーパーで、試食販売のお兄さんに呼び止められた。熱々の餃子を冷ましながら、立ち話をする。

「お姉ちゃん一人暮らしか。郷は?」

仙台です、と答えると思いがけず隣から反応があった。私と同じように、呼び止められて餃子を試食していたおじいちゃんだ。

「仙台や閖上なんかは昔よく行ったもんだ」

聞けば、かつてはトラックで全国各地を走っていたのだという。なんとなく耳馴染みのある方言に出身を尋ねれば、福島の会津だと答えてくれた。


おじいちゃんはおしゃべりが好きな方らしく、餃子を食べ終えたあともいろいろな話を聞かせてくれた。これまでの仕事のこと、年金の額が減ったこと、好きな落花生の話まで。
気づけばお互い精算を済ませており、じゃあここで、と頭を下げようとしたところ、おじいちゃんに引き止められた。


「チョコレート好きかい。俺ん家さおいで」


普通に考えればあぶない話だが、それまでの話でおじいちゃんが免許証も年金通知も見せてくれていたこともあり、思わずはい、と返事をしてしまった。なんだか懐かしい方言で誘われたからというのも、あるかもしれない。


おじいちゃんの家はスーパーから歩いてすぐのところにある、小さな一軒家だった。
コンビニ菓子のチョコレートを1、2個くれるものと思っていたが、おじいちゃんがくれたのは大きな箱のメリーのチョコレートだった。丁寧な包装に、昨日がホワイトデーだったことを思い出す。
お仏壇の前に白い六角形の箱があって、もしかしたらこのチョコレートは彼女に贈られるはずのものだったのかもしれないと思った。


おじいちゃんが「年金の支給額が下がった」と嘆いていたこと、見ず知らずの私を家に招いたこと、誰かにあげるために用意されていたチョコレート。すべてが繋がって、思わずおじいちゃんに話しかけた。


「...お母さん、どんなひとだったの」

「写真見っかい」


おじいちゃんは、箪笥の引き出しから写真をたくさん出してきてくれた。おじいちゃんとおばあちゃんの若かった頃の白黒写真(とっても素敵な笑顔だった)、お庭になっている桃の写真、田んぼを耕すトラクター、立派にそびえる磐梯山。おじいちゃんの視界を切り取ったL判用紙はどれも温かみがあって、おばあちゃんと故郷が大好きなことがうかがえた。


「素敵な写真だねえ!お母さん別嬪さんだこと!」
「あっこれ猫?お父さんの実家で飼ってるの?」
「磐梯山立派だねえ〜」


気づけば、写真を1枚めくるごとに大袈裟なほどリアクションをとっている自分がいた。それは決してつくった態度ではなく、無邪気にはしゃいで相手に元気になってもらいたい気持ちからくるもの。祖父を亡くした後、日に日に元気がなくなっていく祖母と話していた時の「一家の末っ子の私」の姿だった。


祖父と孫の擬似体験をしていたのはおじいちゃんも同じらしかった。
「好きな写真があったら、どれでもなんぼでもあげるよ。俺のはまた焼けばいいんだから」
そう言って、あれもこれもと写真を持たせてくれた。

「他は?欲しいのあったらなんだって持ってっていいよ」


その無償のやさしさはおそらく、かつては奥さんやお孫さんにも向けられたのだろう。この素敵なおじいちゃんとの出会いを大事にしたくて、私は最後の1枚を選んだ。


「お父さんの写真、もらってもいい?」


それは唯一、おじいちゃんが被写体の写真だった。おしゃれなシャツを着て、笑顔で1人で映っている。もちろん、おじいちゃんは即答してくれた。


「いいよ、持ってきな」


スーパーで買った餃子と、おじいちゃんがくれたメリーのチョコレートと、何枚かの写真を持って立ち上がる。今日何度目かわからないお礼を告げる私に、おじいちゃんはまた会えたらいいねと笑った。


もう少し暖かくなったら、お礼の品を持ってまたおじいちゃんに会いに行こう。
腕にかかる少しの重みは、土曜の夜が彩られた充足感の大きさをあらわしていた。



#日記 #コラム #東北 #ノンフィクション

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