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べちゃべちゃのチャーハン、あるいは失敗の偶然性について

私の母のつくる、べちゃべちゃのチャーハンは、冷蔵庫にある余ったものでつくられる。私の母は、もともと夕食のオムレツの具であった、ひき肉と細かく切ったにんじんとたまねぎとを炒めたもので余ったものをチャーハンに転用する。細かく切ったピーマンが入っていることもある。

まずフライパンに少量の油を入れ、そこに白身を切ってよく溶いた生卵を入れる。半熟の炒り卵に、いま電子レンジで温めた、ラップに包まれた冷凍ご飯を入れる。軽く卵とご飯が炒まったら、そこにさきほどのオムレツの具を入れる。

パラパラのチャーハンは中華鍋で強い火力でさっと炒めたら、すぐに盛り付ける(というイメージがある)が、家庭でつくるチャーハンはそうはいかない。熱伝導の良い中華鍋もなければ、強い火力出せるコンロもない。母がつくるチャーハンは、フッ素加工が剥げたフライパンで、比較的長時間火を入れ続ける必要がある。

木べらでご飯を切ってかき混ぜる。木べらにくっついたご飯はフライパンの端でこそげ落とす。たまにフライパンを手首で振って、ご飯をパラパラにしようとする。しかし、どうしてもご飯の粒と粒をくっついたままだ。

味付けは基本、塩だが、少ししょうゆを入れると香ばしさが出るとか。

母はこうしてつくったチャーハンを皿に乗せ、ラップをかぶせ、それを冷蔵庫に入れる。そしてそのチャーハンは小さい頃の私の翌朝のごはんとなるのだった。レンジで約一分三十秒。触った感じ、中の方がまだ少し冷たいから、一分温めを追加する。水滴がついたラップをゴミ袋に捨て、熱々の皿を持つか持たないくらいかの感覚でテーブルに運ぶ。そして、それを食いながら朝のニュース番組を観て、学校に行く。

たまに、冷凍食品のチャーハンを朝食べるときがある。その商品はパラパラのチャーハンというのが売りだ。袋を開け、フライパンに投入する。油はいらないという。とくになにも気にせず、木べらで混ぜる。木べらにご飯はくっつかない。冷凍されていたときも、炒めているとき(というよりも熱を加えているとき)も、ご飯は相変わらずパラパラである。完成したチャーハンは見た目も食べるときもパラパラだが、なんとも油が多い。

なんかの料理番組で、パラパラのチャーハンをつくるときにも、まずフライパンで炒める前に、冷やご飯と生卵とサラダ油をボウルに入れて、「米の一粒一粒に油をコーティングするように」混ぜる、とか言っていたような。

冷凍食品のチャーハンのパラパラさも、料理番組でつくったチャーハンのパラパラさも、狙っているパラパラさである。あたかもおいしいチャーハンをつくるという本来の目的を忘れたかのように。

べつに母が狙ってべちゃべちゃのチャーハンをつくったことは一度もないだろう。しかし、結果としてそうなってしまうのだ。レンジでチンした冷凍ご飯のべちゃべちゃ感。テフロンが剥がれたフライパン。コンロの火力の弱さ。最初からべちゃべちゃのチャーハンを狙うことはできない。わざとご飯をべちゃべちゃにしているわけではないし、コンロの火力も高い方がいい。べちゃべちゃのチャーハンは、パラパラのチャーハンをつくろうとした失敗の結果である。

「べちゃべちゃのチャーハンは失敗作である。」
しかし、ほんとうにそうなのだろうか。

私がこの文章を書いている時点で、私がべちゃべちゃのチャーハンに魅了されていることは確かだ。たぶん、べちゃべちゃのチャーハンの味に私が魅了されたわけではないと思う。それよりも、べちゃべちゃのチャーハンの本質、つまりべちゃべちゃのチャーハンは狙ってつくれないということ、に魅了されているではないかと思う。

狙ってつくれないということは、べちゃべちゃのチャーハンにはレシピがない、ということだ。私がさっき書いたのは、私の母がこうやってつくったと思われるチャーハンの作り方であって、レシピではない。なぜなら、レシピをもとに料理をつくるとき、レシピ通りの具材をレシピ通りの量で準備し、レシピの作り方の順番に従わなくてはならないからだ。だが、母のつくったチャーハンは、たまたまあった冷凍ご飯、卵、夕食のためにつくって余ったオムレツの具が偶然にも冷蔵庫または冷凍庫にあったからつくったものであって、わざわざチャーハンをつくるために用意されたわけではない。

パラパラなチャーハンをつくったとき、パラパラなチャーハンをつくるという目的を達成したという意味で、成功作である。一方、べちゃべちゃのチャーハンをつくるという目的はいつまでも達成されない。失敗作としてのべちゃべちゃのチャーハンは、狙ってつくれないという意味で、偶然である。よく「おふくろの味は忘れられない」という人がいるが、味が忘れられないのではなく、「母のつくった料理」の本質が忘れられないのだ。べちゃべちゃのチャーハンの再現不可能性、そして偶然性が。

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