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8大学からの要望書で潮目が変わるか:高校「情報」

東京大学大学院情報理工学系研究科のWebページに,

8大学情報系研究科長会議は、「大学入学共通テストの「情報」に関する要望」をとりまとめ、文部科学省高等教育局大学振興課大学入試室及び専門教育課、初等中等教育局情報教育・外国語教育課情報教育振興室、並びに独立行政法人大学入試センターに提出しました。

という記事が載った。

 8大学とは,北海道,東北,東京,東京工,名古屋,京都,大阪,九州。旧七帝大+東京工大だ。
 この要望書が出た意味は大きい。単に,共通テストで採用するか否かの問題にとどまらず,高校の「情報」の教育内容に影響すると考えられる。
 念のために書いておくが,高校の「情報教育」ではなく「情報」の教育だ。このちがいがわからない人は,高校に「情報」という教科があることを知らない可能性がある。「情報教育」と言ったら,教科教育ではなく高校教育全般で現代の情報化社会に対応した教育をすることを指す。そうではなく,「情報」という教科,つまり,「数学」や「化学」といった分野ごとの教科における教育だ。
 この要望書の文面で使われている「情報教育」は,上記でいうと,両用の意味で使われているので要注意だ。
 たとえば,次の記述での「情報教育」はどちらの意味だろうか。

現状では、我が国の情報教育は、情報を専門とする大学・高等専門学校等を除けば、初等中等教育、大学教育とも十分なものとは言えません。このままの状態が続けば、ポストコロナ 時代の新たな情報化社会である Society 5.0 の実現の困難や、急速かつ高度に情報化してゆ く国際社会における我が国の競争力の低下が懸念されるところです。

「情報学部」と限定せず,すべての大学生に対する教育,と読める。
しかし,次の記述もある。

 あわせて、学問分野としての「情報」への理解を促すことになり、高度な情報人材のさらなる レベルアップと世界的リーダーの輩出、ならびに、繰り返し不足が叫ばれている我が国の情報系人材の抜本的な充実につながることが期待されます。
情報という学問は、数学や理科と同様、体系的な学問です。

これは,専門分野としての「数学」を,その関係学部の学生が学ぶだけでなく,素養としての数学を身につけるべきだ(だから高校まででは数学Iまで全員必修),というのと同じ意味合いと考えられる。
このことは,次の記述でも明らかだろう。

Society 5.0 の実現のためには、行政や企業 の働きを担う文系の生徒・学生が、確たる情報の基礎知識を有することが必要です。理系に おいては、もはや情報通信技術なくして活動はできません。

 これで,なぜ「潮目がかわる」か。それは,教科「情報」の,高校でのカリキュラムの中での位置付けが変わってくる可能性がおおいにあるからだ。

 20年前に,教科「情報」が新設されたとき,当然学問としての「情報」という分野はあったわけだし,この要望書で述べられているような方向性がなかったわけではない。しかし,当時はまだインターネットの普及期。携帯電話はまだ「電話機」であった時代だ。この時期に要望されたのは,「インターネットを正しく使えるように」「ExcelやWORDといったソフトが使えるように」だった。
 教科「情報」は,情報A,B,Cの3科目が設定されたが,教科書と同時に出た副読本は,Offeceの使い方だった。あとは情報モラル。教科で教えるのではなく,ホームルームや社会科(現代社会)で教える方がよいと思われるものが教科書に載った。「情報」の授業は「Officeの使い方」に矮小化され,そんなものはどうでもいい,と,きちんと履修させないという事態(未履修問題)も起きた。情報の授業を担当する教員は,校長が指名した「コンピュータが使える教員」に何日かの缶詰研修で免許を取らせた即席教員だった。当然,この研修に出ない一般教員が,教科「情報」が何のために,何を教える教科か,など知りようもなかったのである。

 その後,学習指導要領が変わり,現行の「社会と情報」「情報の科学」となり,少し「学問寄り」になった。2022年からはまた内容が変わる。教科書ができてきていないので詳しくはわからないが,学習指導要領を見ると,今より難しい内容になりそうだ。今でも,ちゃんとやろうとするととても2単位では終わらない内容だが,さらに盛りだくさんになりそうなのである。

 そして,今回の8大学による要望書である。大学側が「情報」をどのように考えているかは,「高校生に伝えたい本当の情報科学」というWebページ(東京大学)でわかるだろう。

 もはや,「インターネットを正しく使いましょう」や「Officeの使い方」ではない,「情報科学」が高校の「情報」という教科になり,それを全員が履修する前提で共通テストが組まれる,という方向性になってきたわけである。

 このことは,共通テスト試作問題にも書かれた次の記述とも合致している。

「情報I」は,単にパソコンの使い方を習ったり,プレゼンテーションを練習し たりする科目ではありません。広く,問題の発見・解決に向けて,事象を情報とそ の結び付きの視点から捉え,情報技術を適切かつ効果的に活用する力を育む科目 です。全ての生徒が,プログラミング,ネットワーク(情報セキュリティを含む。) やデータベース(データ活用)の基礎等について学びます。

 これは大変なことだ。というのも,前述の通り,いま「情報」を教えているのは即席免許の人や,学校によっては免許を持たない,あるいは臨時免許の教員が多いからだ。これは,きちんと情報の教員を採用してこなかった都道府県教委に大きな責任がある。生半可な知識でも教えられた,あるいはやったことにした今までとは違うのである。単に,共通テストで採用される,というだけの問題ではない。大学側が何を要望しているかを考えれば,教科「情報」のありかたに大きな潮目の変化がきているのである。