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出雲,素盞嗚尊と奇稲田姫ゆかりの神社を巡る

 2013年11月,初めて出雲を訪れて3ヶ月後,こんどは松江でレンタカーを借りて,八重垣神社,熊野大社,須我神社を経て再び奥出雲を訪れた。

 まず八重垣神社。稲田姫を祀る神社で,縁結びで有名。

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境内に「夫婦椿」というのが3本ある。

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拝殿。8時半ころなので、まだ掃除中。

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末社 脚摩乳神社。稲田姫の父ですな。祭神が脚摩乳命と誉田別命。なぜ誉田別? 誉田別って、応神天皇ですよ。不思議に思って、掃除中の人に聞いてみたけど、脚摩乳と一緒にした理由はとくにはないとのこと。 

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末社は他に,伊勢宮:祭神は天照大神,手摩乳神社:稲田姫の母,貴布禰神社:京都の貴船と同じ。祭神も同じ。もうひとり、倉稲魂命などがある。

本殿の裏手に出る。

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この橋の向こうが奥の院佐久佐女の森で,ここにある鏡池は占い用紙に硬貨を乗せ,沈むはやさで縁を占う「縁占い」で有名だ。(タイトル画像)
この鏡の池は「稲田姫命が八岐大蛇の難を避けるため、八重垣にお隠れになった時に飲料水とし、また御姿をお写しになられた池」と伝えられる。(八重垣神社公式ページ )
 ところで,公式ページによると,祭神は 素盞嗚尊,稲田姫命,大己貴命(大国主命),青幡佐久佐日古命(佐草宮司先祖神)の4柱で,境内社祭神として,伊勢宮(天照大御神),脚摩乳神社(脚摩乳命(合祀 譽田別命),手摩乳神社(手摩乳命),貴布禰神社高靇命(合祀 倉稲魂命),山神神社(大山祇命),天鏡神社(稲田姫命)となっている。実はこのページを読まずに行ってみて驚いたのが譽田別命つまり応神天皇だ。倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)は穀物の神で,稲荷神社の祭神である。その他,大山祇命も高靇命も神話に出てくる神なので,譽田別命だけが異質ということになる。
 不思議に思って、掃除中の人に聞いてみたが、脚摩乳と一緒にした理由はとくにはないとのこと。 それにしても何らかの関係がなければ合祀というのはおかしいのではないか。奇妙だが謎は解けなかった。

 次に熊野大社へ。出雲の一の宮である。

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 祭神は,伊邪那伎日真名子(イザナギノヒマナコ),加夫呂伎熊野大神(カブロギクマノオオカミ),櫛御気野命(クシミケヌノミコト)の3柱だが,櫛御気野命は素戔嗚尊の別名。和歌山の熊野大社とも関係がある。境内社には稲田神社(稲田姫,脚摩乳,手摩乳で少彦名命が合祀),伊邪那美神社,稲荷神社(倉稲魂命),荒神社(素盞嗚尊,高靇など)なので,八重垣神社と似ている。

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拝殿

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以下、末社

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他に,伊邪那美神社,稲荷神社,荒神社がある。

意宇川にかかる朱の橋

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つぎは、須我神社へ。陰になって見えないけど「日本初の宮」とある。

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 オロチを退治したスサノオノミコトが「吾此地に来まして、我が心スガスガし」と言って宮を建て,「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣つくる その八重垣を」という和歌を詠んだという地である。「日本初の宮」であり,和歌発祥の地ともされる。「スガスガし」は意味からすれば「清々し」だろうが,「須賀須賀し」とも「須我須我し」とも表記され,スサノオノミコトゆかりの神社には「須賀神社」も「須我神社」も「須佐神社」もある。

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 ここには奥の院があって,山をほど登ると行けるのだが,スケジュールの関係で今回はパスした。
 須我神社から広域農道を通って奥出雲へ。出雲坂根駅から木次線は三段スイッチバック。そこで奥出雲おろち号をとり,ゆかり庵で昼食をとり,斐伊川上流に向かった。