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国語教育とは何か(6)  求めているものが国語教育にない

 新学習指導要領に示された新しい国語教育について調べてみようと思ったのは,「生徒が教科書を論理的に読めていない」という実態を目の当たりにしたからである。
 ここでいう「論理的な読み方」の例は,「読解力,わからないのは言葉か論理か」や「読解力:同義文判定ということ」に示しているが,再掲しておこう。

 情報システムは,いろいろなデータをデータベースに保存している。マップであれば,地図や航空写真に加えてー中略ーなど,さまざまな情報を保存しビジネスロジックによって検索,追加,更新できるようになっている。
 情報システムのうち,ユーザとの入出力を扱うユーザインターフェース部分と,データを管理するデータベース部分を除いた残りがビジネスロジックである。ユーザインターフェースからの入力情報にもとづいて,データベースの情報を用いて処理した結果を,ユーザインターフェースに渡して表示させる。情報システムでなにができるかは,ほとんどこのビジネスロジックで決まる。

という文章を読んだとき,

情報システムの性能はビジネスロジックによって決まる

の正誤を判定できるかどうか。
この設問では,

情報システムは,「データベース・ビジネスロジック・インターフェース」の3つからできているので,ビジネスロジックだけではその性能は決まらないから誤り。

という判断ができるかどうかである。この問題の正解率はわずか 4% であった。

 次に,Aと,それに反するBがあったとき,Aが成り立つならばBは成り立たない,ということがわかるかどうかも論理的な読み方といえる。次の例を見てみよう。

(1)AさんとBさんに復号のための鍵をあらかじめ送っておき,その後,暗号化したファイルを送った。AさんとBさんには同じ鍵を送った。これを「共通鍵暗号方式」という。
(2)AさんとBさんに暗号化のための鍵をあらかじめ送っておき,その後,暗号化したファイルを送ってもらった。AさんとBさんには同じ鍵を送った。これを「共通鍵暗号方式」という。
(3)AさんとBさんに暗号化のための鍵をあらかじめ送っておき,その後,暗号化したファイルを送ってもらった。AさんとBさんには異なる鍵を送り,復号するときに,送った鍵を使った。これを「共通鍵暗号方式」という。

 正しいものに○をつける問題。どれも共通鍵暗号方式についての説明であるが,異なる内容なので,正答があるとすればひとつしかないはずである。3つのうちどれか1つだけに○をつけるべきなのだが,1つだけに○をつけた者は半数に満たなかったのである。

 高等学校の新学習指導要領では,必修科目として「現代の国語」「言語文化」の2科目,選択科目として「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」がある。このうち,「文学国語」以外の5つの科目には,目標の「思考力,判断力,表現力」の中に,「論理的に考える力」を「伸す」という言葉が入っている。
しかし「論理的に考える力」とは何か,どのように「伸す」のかについては書かれていない。このことに限らず,学習指導要領解説には「概念」は示されているが,具体的な展開方法については書かれていないのだ。
 そこで,「学習指導要領解説」の解説本がいくつも書かれており,その中では具体的な指導計画が示されていたりする。
 それを紹介し,批判しているのが「国語教育 混迷する改革 (紅野謙介:ちくま新書)」なのだが,そこでも,

最初の「論理的な文章」とはどのようなものか,活動方法の説明に具体的な表題は書かれていないので不明です。

としている。

 結局,冒頭に掲げたような「論理的な読み方」ができるように指導するというのは,国語教育の目標にはなっていないようだ。「論理的に考える」や「論理的な文章を読む」はあっても,「文章を論理的に読む」はないのだ。もともと,念頭にないのかもしれない。というのは,新学習指導要領で示した科目構成は,中教審答申に書かれたものをそのまま採用しているのであるが,中教審の委員たちが,どれほど学校現場を知っているかがおおいに疑問なのである。冒頭に掲げたような実態があることなど,知らないのであろう。
 とすれば,皮肉な言い方だが,「論理的に文章を読む」ことについては指導されていない,という前提に立つのがよさそうだ。「生徒は教科書がちゃんと読めない」「テキストを作るときは,生徒が読めない可能性があることを前提として作る」ことをこころがければよい。さらに,「論理的に読む」ことは指導されていないことを前提とした授業展開をしていけばよいことになる。・・・ なんともひどい話だが・・・。