山月記再読-李徴のやらかしを考える:屈折エリート李徴さん編

  さて本編です。若くしてスーパーエリートとして将来を保証されていた超絶天才李徴さん。何をどう踏み間違えて茂みでウサギをかっ喰らう虎なんぞになってしまったのか。

  永遠に子供でいたかったが30歳へのカウントダウンが残り数ヶ月に迫り、ようやく「大人とはなんぞや」を真面目に考え始めた私の目線で紐解いてみよう。

↓前回の記事はこちら↓


   以下の引用は山月記の最初の数行である。

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗すこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔としなかった。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

 この太字でほぼ答え出ちゃってるんだよね。このお話自体もシンプルで短くまとまっちゃってるのに、物語の核になってくる部分を冒頭1文目でぶちかましてしまっている。

Q.なんで李徴さんは虎になっちゃったの?

A.性、狷介、自ら恃むところ頗すこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔としなかったから

  これで考察を終わらせても話の概要が成立するぐらいにはハイレベルな纏まり方をしている。中島敦の凄みがここにある。いや終わらせないけど。

 冒頭の文を私なりに噛み砕くと以下のようになる。

「隴西の李徴さんは類を見ない天才です。西暦755年頃にさっさと科挙に受かり、無事江南という地方の都市の下っ端役人としてそのキャリアをスタートしました。しかしめちゃくちゃプライドが高くて、下積み役人の仕事なんかぶっちゃけやってらんなかったのです。

  どんな難関資格を通した就職であれ、下積みというものは必ず存在する。今の日本の三大資格で考えよう。医師ならば研修医の時期があり、弁護士ならば養成事務所に行かねばならぬ時期があり、会計士ならば補習所通学と修了考査があるわけだ。

  難関資格を潜り抜けたこと自体が偉業なので見落とされがちな話かもしれない。しかし合格したら合格したで次のステップや色んなことの積み上げやそれに伴う苦労ってのは存在するものだ。何もこういう難関資格が存在するエリート職に限った話ではない。

  夢の国のアルバイトでも新人とベテランはいる。全国大会で表彰台の常連になる部活でも、同じ部員でも入部したての1年生と引退試合を間近に控えた最高学年では全然違う。浅学につき当時の中国の政治の仕組みなんて全く知らんが、科挙に受かったからって「はいそれじゃ今日から国を掌握して全部取り仕切ってネ!よろしくぅ!」 とはならない気がするんだ。

  折角のエリートなんだから時間がかかっても確実に経験値を積んで本当のスーパー役人になって欲しい。そして国をより良い方向に持ってって欲しい。彼を地方に配属させた人にはそんな願いもあったのかもしれない。知らんけど。ただ、よもやブチ切れて辞めた末に虎になるなんて夢にも思わんだろ。

  科挙は合格するまでに10年かかるとかなんてザラな試験だ。細かい話は専門家に任せるが、過酷すぎて勉強中に発狂したり自殺する人も出てくれば、何としてでも突破するためにカンニングの技術がやたらと発達したりする世界である。これに受かれば自分どころか一族安泰だから受験する側も必死だったんだろう。

 そんな中で若くしてサラリと受かった李徴さん。ここに彼の不幸のひとつがあると見ている。

 中学受験とか(私は未経験。当時は勉強嫌いすぎて)、高校受験とかを終わらせてから入学した直後に、「自分は頭そこまで良くなかったんじゃん」と思わされた経験はないだろうか。同じ年齢で篩に掛けられた後である。その上で周りの頭のレベルの落差がそこまで大きくない。それどころか見たことないレベルで頭がいいやつが普通に教室にいたりすることがある。同い年なのに。

  入学前に頭が良かったつもりでもここで打ち砕かれた経験を持つ方は一定数いるのでは無いだろうか。私は高校で砕かれた。もちろん色んな事情を背景にした例外もあると思います。

 話を戻そう。恐らく、李徴さんと同じ時に科挙に受かった人はみんな少なくとも彼よりはおじさんだったのではなかろうか。年齢差の広い新人エリート役人軍団の中では彼はもしかしたらぶっちぎりで若かったのかもしれない。

 ここでプライドと自己評価がエベレストより高い李徴さんの悪い癖が出てしまっても不思議ではない。

「俺はあっさり科挙に受かった。こいつらは同じ試験に受かるのにおじさんになるまでかかった奴らだ。従ってこいつらはアホ、俺有能、こいつらとは出来が違いましてよ

 こんな思考回路になっててもおかしくない。というかなってなければ闇堕ちして虎になんかならない。Adoさんの「うっせえわ」の歌詞の内容もこれにちょっと似ているが、李徴さんのそれに比べるとなんというか、かなり健全である。

 多分Adoさんの歌詞に共感する人達は文句言いながらでも上手く折り合いをつけて生きていくのだろう。生きてればいつかは腹立つことが何故成立するのかを理解する時が来るのだろう。それが大人になるってことなのかもしれない。拗らせた末に積み上げたもの全部投げ捨てた末に虎になり、人格がじわじわ死んでくようなことにはあんまりならん。

 さて、2022年の新時代で今をときめくAdoさんから、755年辺りを境に時代に何も残せず転がり落ちていった李徴さんに話を戻しましょう。

 そんな若き天才李徴さんですが、お国からしたら多分科挙に受かった人ってことでひとくくりになるのでしょう。私の想像と考察から出てきたおじさん達と李徴さんはお国からしたらひとくくりの新人さん達です。ペーペー(そのペーペーになるのも文字通り死ぬほど難しい)からのスタートなのは皆同じ。

  しかし李徴さん、現実を受け入れられませんでした。あっさり役人辞めちゃいました。

いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略(かくりゃく)に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。下吏となって長く膝ひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

青空文庫
 中島敦 山月記より

  この文を私なりに噛み砕くと以下のようになります。

「李徴さんはとっとと役人を辞め、山に籠って人と一切関わらずに詩を作りまくりました。下っ端役人としてクソ上司にヘコヘコするなんて冗談じゃないので、詩人として大バズりして、今後100年は名前を残そうとしたのです

 現代の人からすると相当に信じ難い話だが、この男は本気だった。科挙に受かるまでおじさん達よりは楽だったとはいえ、それなりに努力して掴み取ったであろう地位を「クソな上司にに頭下げたくない」って理由であっさりと捨てたのだ。奥さんも子供もいるってのに。今で言うとこの国家公務員になったのに、奥さんも子供もいるのに、アルバイトをバックれるノリで仕事を辞めちゃった。

 奥さんと子供からすると「父さん、HIPHOPで食っていこうと思うんだ」をマジでやられたようなものだろう。漢詩をHIPHOPと並べるのはなんか大分間違ってる気がするが、元ネタのび太のパパがサラリーマン辞めてHIPHOPで食おうとした話とぶっ飛び加減はあんまり変わらない。

 左のものでもお父さんが右と言ったら右、お父さんがシロと言えばクロなものでもシロ、そんな時代に妻子も李徴さんに逆らえる訳もなくただただついて行くしかない。あんまりにもあんまりだが、このことは李徴さんも流石に気にしていた。その話はまたこの先の記事で!

 現代社会ではインターネット、ひいてはSNSが発展しているのは分かりきった話である。この記事に辿り着くこと自体その証拠である。今となっては人の人生がいわゆるバズりを通して好転し、一気に楽しく豊かになっていくシーンなど見慣れたものだ(バズったなりの問題や悩みがあることは知っていますが、ここでは取り扱いません)。

 見慣れているからこそ、仕込みもなしに最初からバズりを狙っていくことがどれだけアカンことなのかもなんとなく理解出来るだろう。いつ何がバズるかもわからない、仕込みをしっかりやったところでバズる保証などどこにもない。無くはないんだろうけど、それは広告代理店の専門的な領域だろう。

  李徴さんは確かに天才かもしれないが、残念ながら現代社会のように「この人をバズらせてなんとか脚光を浴びさせよう!」という組織的なバックは存在しない。当然「この人の詩はめっちゃ推せるの!!すごいの!!!みんな読んで!!!!」なんて言ってくれる気の利いたファンもいない。いたら虎になんかなっちゃいない。

 この時の李徴さんの武器はそのスペックが有り余る頭脳と「自分は詩でバズれる!!!だって僕天才だもん!!!おじさんになる前に科挙受かったもん」という一応根拠がなくもない自信だけ。

 たまに「僕先生やれるよ!だって成績良かったもん!!」という人が現代社会にもいない訳では無い。教育現場の経験者なら共感してもらえるかもしれないが、割とそういう問題ではない。もちろん教えられる知識がなければ教えるもクソもないが、それだけあれば太刀打ちできるわけでもない。李徴さんはそういうベクトルの間違いを犯したことに気が付かないまま詩を描き続けます。

 虎になる前にもうひと足掻きあるのですが、それはまた次回に!お読みいただきありがとうございました!

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?