未顧客理解、芹澤連

・市場の大半は買ってくれない人が、数回買ったことのあるライトユーザ。こうした人たちに、平均的なターゲット層に当てはまらない顧客を加えた群を、「未顧客」と呼ぶことにする。そして、顧客の理解は、データも集めやすいのでやりようもあるが、未顧客はデータを集めることすら難しい。

・既存顧客の維持の方が新規獲得よりも効率が良いというのはよく聞く話である。だが、そこまで一般化して良いのかというと、少し怪しい。既存顧客の話の出所は、ラインハルトの論文で、「離反率を10%から5%に減らすと、顧客が0人になるまでの期間が倍になる」と言われているものらしい。だが、10%→5%は、パーセントポイントの話。離反者を半減させているので、大きなインパクトがあるのは当たり前。これを「たった5%(つまり、10%なら9.5%にすること)減らすことの効果」といあのは、誤解を生んでいる。

・むしろ、ブランドの成長に影響があるのは、新規獲得による浸透率(顧客数)の拡大であり、こちらはさまざまなエビデンスがある。つまり、成長のドライバーは浸透率であり、ロイヤルティは補助的な役割である。

・ヘビーユーザーの行動は広告で変容することが難しい。

・既存顧客への投資は、短期的にはROIを上げることはできる。しかし、限られたターゲットへの投資効率は逓減していき、かつ、ROIを良くすることと売り上げのトップラインを伸ばすことは関係ない(むしろ、負の相関があることも報告されている)。よって、ROIをよく見せるために投資コストを減らすのではなく、投資を増やしてリターンも増やすことを狙うべきである。一度も買ったことのない「未顧客」に一回買ってもらうことを狙うべきである。

・お風呂が嫌いな子どもにとって、お風呂は遊びを中断させるもの。しかし、お風呂を、水遊びの場として再解釈することで、遊びの延長となる。この(子どもという未顧客の)再解釈を生み出し興味を創出することがマーケターの仕事と言える。

・指月の例え。仏教の真理が月、経典は指。月を見てほしくて指で指し示しているのに、なぜ指を見るのか、という禅の教えがある。マーケティングで言うと、月が顧客、指がデータ、といった置き換えができる。

・ペルソナはユング心理学の用語で、場面や時によって演じる役割が変わることを指している。その背後にある普段は抑圧されている人格はシャドウと言う。マーケティングの世界ではペルソナ=その人の人格そのものという語り方をすることが多いが、目指すことは「30代のダイエット関心」にダイエットコーラを売ることではなく、そのペルソナを発揮している人にレギュラーコーラを買ってもらうにはどうすればよいのか、である。しかも、その人たちにとっては検討の土台にすら上がっていない商品を、である。そのためには、どういうタイミングであるペルソナから別のペルソナにスイッチするのか、もしくはシャドウに戻るのかを考える必要がある。よって、人格のようなものを規定してものを売ろうとするのではなく、人々がどのような時に商品を欲しくなるのかという文脈を理解することが、重要。例えば、「外出先で喉が渇いた人全員」など。シーンに応じたCEP(カテゴリーエントリーポイント)を想定する方が、シーンとブランドをどう結びつけてもらうべきか考えやすい。

・ダブルジョパディの法則。マーケットシェアが多いほど、顧客数は多く、ブランドロイヤルティは高くなる。しかし、その逆は成り立たない。バイロン・シャープのこの法則は世界中で賛否両論を巻き起こした。普通ならば、ロイヤルティを高めると、顧客も増えると考えられていたからである。数学的に考えると、ロイヤルティは浸透率の関数であることがわかったらしい。

・ブランドのことを擬人化して、顧客との深いつながりを持とうとするのも甘い誤謬で、実際には(未)顧客にとってブランドはモノでしかない。稀に深いブランド愛を持つ人も現れるが、ブランドは少数の深いつながりではなく、多数の薄いつながりによって成長する。

・ダブルジョパディの法則は、簡潔に次の式で現すことができる。
w0: 定数
w1: ブランドの購入頻度
b1: ブランドの浸透率
として、
w1 (1-b1) = w0
定数は幅がある。
例えば、これを購入頻度について解くと、w1 = w0 / (1-b1)となる。w0は幅のある定数なのでw1も幅があるが、実際に観測された購入頻度がw1の幅の上限に近ければ、ロイヤルティ施策はうまくいってると判断できるし、下限に近ければまだ、テコ入れの余地があると判断される。

正常の谷。結果に異常がない/直感的におかしくない範囲内であれば、プロセスも正常であると思い込んでしまうことを、こう呼ぶ。

・NDBディリクレという統計モデルを使うと、売上は、①ブランドが属する商品カテゴリが利用される頻度と、②そのカテゴリの中でブランドがどれだけ選択されるか、という二段階で決まることがわかる。よって、カテゴリとしてのCEPの数と、そのCEPとブランドの結びつきの強さが重要であることがわかる。

・CEPを見つける時、生活者の生活文脈における意味を考えるべきである。しかし、その新しい意味の可能性に気付くのはマーケターだが、その市場を作り出すのもまたマーケターである。シャンプーが60年代には髪を洗う習慣がなく、まずは髪を洗うこと、清潔になることを啓蒙していた時代が、今や美髪や成分が重視されるようになった。同じシャンプーというモノでも、意味付け方が違うと価値が違ってくる。

・便益競合という考え方も重要。例えば、ヨーグルトは健康になりたい人が買うモノだが、ヨガやジム、乳酸菌飲料や食物繊維の多い食べ物なども便益としては競合。こうした便益競合とも、生活者の財布を奪い合っている可能性がある。逆に、便益競合が利用される文脈で、ヨーグルトが採用される可能性もある。

・顧客の合理を知り、それに基づきオルタネイトモデルを作ることで、CEPを増やす。我々から見て不合理でも、顧客にとって合理ならば、ビジネスとしては正解。

・差別化は、企業の合理と言える。社内的には説明しやすいが、消費者は最も簡単に手に入るものを買う(利用可能性ヒューリスティック)。よって、消費者の合理とはズレる可能性がある。購買のコストパフォーマンスは、品質/商品に辿り着くまでのコストで測られる。差別化をすればするほど、顧客に考えさせる負荷をかけるので、分母が大きくなり、コストパフォーマンスが下がる。むしろ、ブランドの役割は「考えさせないこと」。こういう時はこれ、という思考を消費者に与え、プロセスを省略させるからこそブランドなのである。こうした考え方は、physical availabilityとか、mental availabilityと呼ばれる。どうやってブランドを想起させ(mental availability)、どうやって簡単に手に入る状態にするか(physical availability)。

・CEPとブランドを紐づけるためには、ブランドと報酬の結びつきを認識させる必要がある。風邪の時は、ポカリスエットを飲む、といった具合である。

・未顧客理解においては、よく言われる課題解決型の思考はそぐわない。なぜなら、ライトユーザーやノンユーザーにとって、そのブランドは興味がないもの。そもそも認識すらされていないところに課題も理由もないからである。よって、未顧客へのインタビューや調査を行なっても、らしき回答は得られるが、それは、理由が欲しいマーケターと、言動に一貫性を持たせたい消費者が生み出した幻想に囚われているだけである。

・調査には、選択盲(choice blindness)という問題もある。自分の選択に、あとから理由を付けるというもの。心理学の実験で、被験者に2枚の写真を見せて、どちらが好みに近いかを問う。そのあと、選ばなかった方の写真を見せて、どこが好みなのかと問うと、過半数の人が淀みなく理由を答えた、というもの。このような傾向はアンケートでも見られる。よって、なぜこのブランドを買ったか/買わなかったかと質問して回答を得ても、選択盲が影響している可能性がある。それよりは、商品を買う前後の文脈を理解することに力を入れた方がよいだろう。

・理由があって買ったとマーケターは考えたいが、顧客の合理は逆で、自分が買ったからブランドが好きなのである。自分の行動と認識を合わせようとすることを、認知的斉合性 (cognitive consistency)という。

・アンケート調査の結果をそのまま受けるのも良くない。原因と結果の双方に影響する、交絡因子(第三の要因)を見逃す可能性があるから。チーズケーキを買って、明日も頑張ろうと思う時、本当は「今日も疲れた...せめて自分へのご褒美を」というきっかけがありチーズケーキを食べて満たされたという褒賞があったから明日も頑張ろうと思えている。その時に、「明日を頑張るために」のようなコピーを考えても効果はない。なぜなら、チーズケーキを買うときは明日を頑張りたいなどとは思っていないからである。データ上は、チーズケーキを買うことと、明日を頑張ることは相関するのだが、それは見せかけの相関である。

・ファン施策が効果を発揮するのはファンの間だけ。これが未顧客にも通用すると思い込むのは、Rosser Reeves Fallacyと呼ばれ、半世紀以上前から知られている。例えば、釣り好きの人は天気予報に敏感だが、釣りに興味がない人は天気予報を見ても釣りには行かない。

・きっかけ、行動、抑圧、欲求、ベネフィット、褒賞による行動の良さの知り直し。このような要素を使ってオルタネイトモデルを作る。オルタネイトモデルの是非は、実際にマーケティングで使う前に、コンセプトテストにかけることが理想である。

・アンケート調査する際に、想起集合の中で10個買うとしたらどのブランドをどれだけ買うか、のような、コンスタントサムでデータを取ると良い。スケールだと、「どちらでもない」のような、興味ないですという回答が紛れ込んでしまう。

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