見出し画像

セキララ!精神科☆高田さん篇

私が3年目くらい時に外部から転院してきた高田さん(仮名)というおじいちゃんが入ってきました。
高田さんは車椅子で歩くことはできないけど、見守りは必要ですが、車椅子の乗り降りは自分でできました。
また認知症にアルコール依存症があるとのことで前にいた病院でも看護室(ナースステーション)に

「お酒ちょうだい。」


と頻繁にきていたようです。

高田さんは基本的に声がデカいのでスタッフを呼ぶときは側に行くまで

「おーい!!!」

と大きい声で延々と呼ぶくらいで、さほど問題を起こす人ではなかったので割と人気の患者さんでした。

しかししばらく経って環境にも慣れてくると看護室に

「お酒ちょうだい。」


と言いにくるようになりました。

高田さんは車椅子の漕ぎ方を教えても怖いのかチビチビしか進みません。
そして認知症ながらにもチビチビ進んでいたら誰かが押してくれるのをわかっているので普段は全然漕ぐ気がないのですが、お酒を頼みにくる時はちょっと早く動けます。

大体私がホールで洗い物をしていると高田さんが

「お酒ちょうだい。半分!半分でいいから!」


と言いにきます。

「お酒ないんですよ。」
というと

「え〜!?ないの!?」


とびっくりしていたので
「病院だからお酒ないんです。」
と教えたら

「病院なの?あ、そう…。」


としょんぼりしてまた車椅子をチビチビ漕いで自分の席に戻って行きました。

そして他の作業をしている合間にパッとホールを見たら高田さんが自分の席にいません。
「あれ?」
と思うとこちらに向かってきてチビチビ目の前までくるとまた

「お酒ちょうだい。」


と言いにくるのです。

認知症は基本的には無限ループになります。


テレビなどで見る
「おばあちゃん、もうご飯は食べたでしょ?」
というのは本当にあります。

でも2、3回ならいいですが四六時中同じことを聞かれるというのは思っている以上に苦痛です。



高田さんが

「お酒ちょうだい。」


と言いにきた時に

「お金持ってる?」
とちょっと意地悪なことを聞いたことがあります。

その病棟は患者さんは盗まれたり、他の患者さんの手に渡り誤飲してしまったりするので、お金を持たないことになっていて私は高田さんがお金を待っていないと知っていました。

しかし高田さんは自分のポケットを確かめて

「お金ないや。」


と言っていて
「申し訳ないけどお金がないと売れないんですよ〜。」
というと

「そうだよな〜、困ったな…じゃあ財布を家に取りに行ってくるわ。」


と言ってチビチビ車椅子を漕いで廊下を進んで行きました。

「どこに行くんだろう?まさか本当に家に帰ろうとはしないよな?」
と思いつつホールで仕事をしながら高田さんの見守りをしていました。

すると高田さんは自分の部屋に行き、小灯台の引き出しをあけて

「あれぇ?おかしいな?あっちかな…?」


と言っていました。

そしてまたチビチビとホールに戻ってきました。

「財布を盗まれたと言われるかな?」
と思っていると

「お酒ちょうだい。」


と言われました。

「あれ?お金は?」
と聞くとまたポケットを探って

「あれ?お金ないや!」


と言っていました。

おそらくホールに戻ってくる途中で
「お金は?」
と聞かれたこともお金を探しに頑張って部屋にきたことも、やっぱりお金はなかったことも全て忘れてしまったのでしょう。

そんな様子が可愛くてしょうがなかったです。笑

まあでもいい運動になったからいいかと思い、またここは病院であることを説明して自席へ連れてってあげました。

当時病棟スタッフには酒豪も多く
「お酒飲めないなんて可哀想!私だったら耐えられない!」
と言うスタッフもいました。

その人とホールのカウンターで話をしていると高田さんがいつものように

「お酒ちょうだい、ちょっとでいいから。」


と言いにきました。

酒豪スタッフが
「お酒飲めないの辛いよね。」
と話かけると高田さんは

「辛いんだよ〜!だからちょっとでいいからお酒ちょうだい?コップに八分目でいいから。」


と言っていました。

私は「増えてる。」と思いながら眺めていました。

酒豪スタッフは病院だからお酒がないこと伝えて
「じゃあ匂いだけね!」
と言って自身のアルコール消毒した手を差し出しました。

「舐めないでね!やだよ?絶対舐めないでね?匂いだけね?」
と念を押すと高田さんは

「人の手なんて舐めないよ!」


とヘラヘラ笑いながら匂いを嗅いでいて
「お酒の匂いする?」
と聞くと

「あぁ!ちょっとする!!」


と楽しそうに笑っていました。
その笑顔が可愛くて可愛くて…。

それ以降匂いを嗅がせてあげることはありませんし、高田さん自体も忘れてしまったのか
「お酒の匂い嗅がせて。」
と言うことはありませんでした。

アルコールは病院にいて薬を飲んでいる以上ダメです。
そして酒豪スタッフのアルコール消毒の匂いを嗅がせるという行為は病院的にはアウトかもしれません。
でも医療現場においてこういったことの葛藤は常にあります。

もう飲むことも食べることもできずに点滴だけでやっと生きている状態の人が振り絞った声で
「コーヒーが飲みたい。」
と言ったらあなたはどうしますか?


嚥下ができないのでおそらく飲めないし、飲ませるわけにはいかない。
でももう死まで秒読みなのは明らかでそんな人の最後の願いが

「コーヒー飲みたい。」

だったら。

こういう場合は医者の指示が必要ですが、大体の医者の答えはNOでしょう。
どう考えてもコーヒーの経口摂取はリスクが高すぎます。
私の知っている看護師さんは、その患者さんがコーヒーが大好きで元気な時は毎日飲んでいたのを知っていたのでどうしても飲ませてあげたいと思ったそうです。

しかし、医者の言う通りリスクが高いので飲ませることはできないのでガーゼにコーヒーを染み込ませて口の中を濡らしてあげたそうです。
たくさんじゃなくても味はするので患者さんは最後にコーヒーの味を楽しめたそうです。

正直、ただの精神科に一人一人に毎回ここまでしてあげられる余裕はありません。

「最期を安らかに」なんてところではないのです。

消毒用のアルコールの匂いを嗅がせるのはびっくりしましたが、それでも少しでも患者さんの願いを叶えられるように行動する姿は素晴らしいと個人的には思います。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?