見出し画像

セキララ!精神科☆可愛い患者さん篇「妙子さん」

私が初めて配属されたのは女性の閉鎖病棟でした。

最初に入った時、鍵の掛けられた大扉前に患者さんが座り込んでいて私に向かって
「ここの扉開けてくれない?先生が出て良いって言ってたのよ。」
と言いました。

私の近くにいたスタッフが
「ダメだよ!そんなこと言われてないでしょ?」
と患者さんに言って続けて私に
「あの人最近いつもあそこにいて病棟外の人が来るとああやって嘘ついて開けてもらおうとするんだよ。たまに扉を出る瞬間に突進して無理矢理出ようとしたりするから気を付けてね。」
と言いました。

私はそれを聞いて衝撃でした。

明らかに様子がおかしくて独語も多いのに

この人はここの病棟の人だからダメ
この人は違うから騙せるかも


とちゃんと計算しているのが意外で改めて自分の職場はこういうところなんだと実感しました。
 

基本的に患者さんはそれぞれ波があります。

良い時はニコニコ笑っていて愛想もよく何か違う行動をしてしまっても
「こうですよ。」
と言うと
「あ!そうだった、そうだった!ありがとう!」
と直してくれたりするのですが

ダメな時は無表情で話しかけるだけで
「きゃああああ!!」
と奇声を発したり
「お前はクビだぁぁ!死ねぇぇ!!」
と言ったり、良い時と悪い時の振り幅の大きい人もいます。

そんな中、私のお気に入りの患者さんがいました。
仮に妙子さんとしましょう。

妙子さんは病棟のアイドル的存在で先程話した波はそんなになく常によくわからないことを言ってる方でしたが意思疎通はある程度取れて、車椅子に乗っているのですが、支えれば歩くこともできます。

私が妙子さんが可愛いと思った話があるので多少脚色してお話しします。
 
それはお昼の時、車椅子の方は食事が終わったら部屋に戻ってもらうのですが、その妙子さんはトランス(ベッドに移す)の時に抵抗することがあり、複数人でトランスをするため最後までホールに残っていました。

そして妙子さんの3メートル先くらいにテーブルがあり、まだ食事をしている方がいました。

私は「あ〜、あの人まだ食べてるんだ。」と思いつつ、違う患者さんをトランスして戻ってくるとホールがザワザワしていました。

なんと妙子さんが車椅子から立ち上がり、一人で歩いたようで最後まで食事をしていた患者さんのテーブルに掴まり立ちして食べ物を狙っているのです。


妙子さんは黙って盗まずに「それくれない?」と患者さんに話しかけていたので食事は最後まで取られずに済んだようでしたが、今度は促しても車椅子に乗らないと言い出したのです。

スタッフ数人で座らせようとしても力を入れて動かず、頑張って車椅子に座らせてもすぐに立ってしまうのです。

「危ないから座りましょうね?」
と言う声にも
「やだぁー!立ってるんだ!」
と頑なに拒否します。

転倒リスクが高いのでそのままにしておくこともできません。
誰かがずっとついていることもできません。

どうしようかと悩んでいるとそこにベテランのスタッフが通りました。

「全然座ってくれなくて…」と説明するとベテランスタッフは妙子さんの前に車椅子を持ってきます。

「妙子さん、疲れたでしょう?お部屋行くから座りましょうね?」
と言うとやはり
「やだぁー!」
と言います。

するとベテランスタッフは

「じゃあ私が座っちゃおう!あ〜疲れた!」
と妙子さんの車椅子に座って
「あ〜楽ちんだぁ。色も可愛いし、良い車椅子だなぁ〜。」


と言い始めました。

すると妙子さんは
「やだぁー!私の車椅子だ!私のだ!」
と言い始め
「え?妙子さんのなの?じゃあ座る?」
と聞くと
「座る!」
と言い大人しく座ってその後立つこともありませんでした。

その時ベテランスタッフに「おお〜!」と言って拍手したのを覚えています。

患者さんのことをわかっていないとできない行動でした。


そしてそんな妙子さんの素直なところがすごく可愛いと思いました。
 

妙子さんは人の顔を見ると
「きれいだぁ〜。」
と褒めて?くれる人でした。

誰にでも話しかけるのでそれを嫌がる患者さんもいましたが、患者さんからも「たえちゃん、たえちゃん」と可愛がられている人でした。

妙子さんがいろんな人が目の前を通る度に
「あんたきれいだぁ〜。」
というので見ていたら一人だけ
「きれいだぁ〜。」ではなく「かっこいいなぁ〜。」
という人がいました。

またその患者さんが通ったらやはり
「かっこいいなぁ〜。」
と言っていたので
「なんでかっこいいの?」
と聞いたら
「あいつは男だ。」
と言っていました。

最初に言ったように女性の閉鎖病棟なので男性はいません。

「あの人?男なの?」
と確認すると

「バッハ。あの人はバッハだ。」

と言われ笑いが堪えきれませんでした。

その患者さんはきれいな白い髪の癖っ毛で肩につくくらいの長さだったので言いたいことはなんとなくわかります。

笑いを堪えながら
「そんなこと言っちゃダメだよ。」
と言いましたが妙子さんにとって

バッハ=結婚したいほどかっこいい存在


のようで妙子さんには人がどういう風に見えているのか不思議でした。


そんな妙子さんはいつも3体のぬいぐるみを抱えています。
ぬいぐるみはキティちゃんとか普通のキャラクターのぬいぐるみです。

私は妙子さんに
「これ可愛いね!」
と言ったことがあります。

すると妙子さんは
「我が子!」
と言っていました。

「我が子?3人もいるの?名前はあるの?」
と聞くと

「この子はね、ん〜と…ノボルで
こっち…こっちがねぇ、タカユキ!
それでこれがヤコブ。」


と言って大事そうに抱えていました。

「ヤコブ…」と思わず笑ってしまいましたが、ヤコブが一番小さいようで(ぬいぐるみの大きさもヤコブが一番小さいです)まだ1歳だから大変だと言っていました。

そんな妙子さんにいつも抱えられて大事にされているノボルとタカユキとヤコブですが、食事とお風呂以外は常に抱き抱えているため汚れてしまいます。

お風呂に入るときに“我が子たち”を妙子さんから引き剥がすのですが、それはそれは大変です。

「妙子さんお風呂だから我が子たち預かりますね?」
と言ってもやはり
「やだぁー!持ってっちゃやだぁー!」
と凄まじい力で我が子たちを握り締めます。

結局は引っ張り合いになりますが
「首取れちゃう!」
と言っても
「そんなこと言っちゃやだぁー!」
と妙子さんはすごい力で抵抗します。

でもお風呂に持って行かせるわけにはいかないので取り上げて我が子たちを洗濯機にブチ込むのです。

お風呂から出てきても我が子たちのことはちゃんと覚えているようで
「ねぇ、我が子知らない?」
と聞いてきます。

反射で「あ、今洗濯機に…」
と言ってしまったことがありますが
「洗濯機!?こわぁい!あんたこわぁい!ひどぉい!」
と言われてしまったので妙子さんにとっては我が子は本当の子供のつもりなのかと思っていたら

車椅子に乗っている時にノボルを床に放り投げているのを見たことがあります。

「こんなところにノボルが落ちてるよ?」
と言うと
「あぁ!ありがとう!助けてくれてありがとう!」
とめちゃめちゃ感謝されましたが、5分後にはまたノボルを床に投げていました。

本当の我が子としているのか、ぬいぐるみだという認識なのかはわかりませんが、首がもげそうなほど引っ張るのでもしかしたらぬいぐるみという認識はあるのかもしれません。

それでもお風呂で我が子たちを取り上げる時、目の前で首がもげたらショックを受けるんじゃないかと慎重に引き剥がしてました。


しばらく経つと私は異動になり妙子さんに会うことも無くなってしまったのですが、それから5年くらい経ち「妙子さんあまりよくないみたい。」という噂を聞きました。

心配していましたが、病棟が離れているし特に行く用事もない為、元気かどうか確認をしに行くこともありませんでした。

そしてそれから何ヶ月か経ち、夜勤明けに検査室の近くを通った時のこと、おそらく検査室の中から妙子さんの声で

「やだぁー!!!!!」

という声が聞こえてきました。
姿は見えず声だけですが、あの必死の抵抗を思い出し「あぁ、相変わらず元気だな。」と思いました。

よくないという噂があったものの結局私が辞めるまで亡くなったという話は聞きませんでした。

今でも元気でみんなの人気者の妙子さんであることを祈ります。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?