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『母性』を観た

 前々から気になっていた映画『母性』を観ました。
 個人の感想ですが徹頭徹尾怖かったです。もうほんとおしっこチビるぐらい怖かった。これ映画館で観てたら私発狂するか死んでた

 原作者さんのコメント見る限り(原作未修)、端的に言ってしまえば「母性神話なんてもう通用しねえからな?」ってこと(端的過ぎる)なんだろうけど、とにかく怖い。どいつもこいつもイカれてる。


母親との同一化願望

 まず初っ端これが怖い。
 ルミ子の母親がルミ子溺愛しまくっているのも薄っすら怖く、ルミ子の自己肯定感爆上げしてくのがもう怖い。なにもかも全肯定。そんなことある?ってぐらい全肯定。ずっと小学生の娘に接してるみたいな感じ。
 生粋の毒親育ちな私にはこの時点で「怖……」ってなりました。いや自分がルミ子の立場だったらまあ悪い気はしないだろうな、あれだけ全肯定して来る母親だったら。間違いなく崇拝の域に達する。ごめんなさい判りません。
 ルミ子の母親は本当に愛情深い母親なんだろう。感受性豊かで尊敬に値する母親なんだろう。ただそこでルミ子が「自分と母親は別個体」って認識出来てないから、『尊敬する母親=私』の概念がかなりある。なんなら母親が黒と言ったら白でも黒ぐらいの勢い。田所(後の旦那)の絵だって本当は嫌いなのに、母親が評価したら途端に意見翻すのも鳥肌が立つ。
 お前には自分で考える力が備わってないのか??

 あと母親が評価した点を正しく伝えず、かなり厨二的に湾曲したのも怖かった。母の評価は私だけが受けてればいいの!って滅茶苦茶怖い、マザコンの域を超えている。
 母親はあの絵を「最高に美しい瞬間を知っている」と評価したのに、ルミ子が「死を知っている絵」と言ったの、これ田所にとっちゃそっちのが格段に上の評価でしょ。微細なズレだけど母親は「最高に美しい瞬間を『切り取れる』人」を評価したのであって、それは絵画に比重を置いた賞賛。けどルミ子の「死を知っている」だと田所本人への賞賛になる。

 母親の持つ教養にルミ子自身は届いてない。それをルミ子が自覚してないのが最悪な誤差として人生を左右する。自己肯定感爆上げで育ったルミ子、自分を過信してるからブレーキがブッ壊れた暴走車状態でした。人生のコーナリングがいろは坂ってぐらい振り幅ヤバい。
 人生が最悪かどうかルミ子にしか判らんけど。

娘のまま母になったルミ子

 第二の恐怖で田所との結婚生活。
 まず旦那である田所が自分と眼を合わせて会話してないことに気付こうや。ルミ子が理想の生活するため田所は自宅に居場所ない。なんせ義母(ルミ子ママ)が入り浸る。入り浸るってかルミ子が母親しか頼りにしないから、母親に愛される私!母親の理想通りに生きてる私!にしか興味ないんで新婚生活すこぶる不調。私が旦那でもちょっと嫌です。
 妊娠してパニックになったのはまだいいとして、「母を呼んで!」って言われたら旦那はもうなにも言えないじゃん……。えぇ……俺の立場よ……ってなるわ。
 結婚以降田所が笑ってるシーン一個もない。ビックリするぐらい一個もない。「光に溢れる家を作りたい」ってなに?物理的なことなの?って素でツッコミ入れるぐらい田所ひたすら真顔。疑問に思おうやルミ子……。

 もう本当にずっと母娘べったり。娘を溺愛してるのは判るけどルミ子ママちょっとあの「貴方はもう別の家庭を築いたのよ」ってやんわり断るぐらいしような……そう、こういう部分がルミ子ママもおかしかった

 ルミ子はルミ子で「妻になった私は母にもっと愛される」「母になった私は母にもっともっと愛される」って軸がブレない。この精神のブレなさはスポ根に通じる部分があるかも知れない。メンタルの化け物か。

 清佳(さやか/ルミ子の娘)はルミ子ママからの愛を受けるためのアクセサリーに過ぎない。母を喜ばせるための存在なんで清佳の意志とか関係ない
 これは私の単なる憶測だけど、ルミ子ママが喜ばなかったら清佳の存在自体疎ましかっただろうな、ルミ子は。娘がいたら娘でいられないからね。事件の夜までルミ子は「母に最も愛されているのは私」を信じて疑わなかっただろう。
 もっと前にルミ子に「子供を持つという意味」をルミ子ママが語っていればよかったのに、ルミ子を溺愛するあまり「そこまで馬鹿なはずない」と高をくくってしまった。

娘なのに母になった清佳

 一方娘の清佳は幼稚園児なのにルミ子の顔色伺う生活。
 ルミ子視点と打って変わって朝食も質素、ぶっちゃけ目玉焼き焦げてる。
 どうしたルミ子。料理のレパートリーは「あっという間に両手足の指では数えきれなくなった」んじゃないのか。お前まだ自分を過信しているのか。ルミ子ママの前では取り繕ってた部分が明るみになって心臓痛い。
 てかもう清佳がルミ子から嫉妬バチバチに受けてて過呼吸起こしそう。まさか同性で母娘で嫉妬されるなんて幼稚園児には思うまいよ。しかも嫉妬の対象がルミ子ママからの愛情だし。清佳にとって大好きなお祖母ちゃんだけど、お祖母ちゃんと仲良くすればルミ子が激しく嫉妬する。かといって大好きなお祖母ちゃんと距離置けばそれはそれでルミ子激怒。
 
 つれぇ……ルミ子と清佳で全く違う流れなのつれぇ……吐きそう……。
 ルミ子ママのいないところで清佳が笑いかけられるの超絶少ない。鏡台の前で必死にその日あったことを言う清佳健気過ぎる……。そして自分の機嫌によって清佳に優しくしたり冷たくしたり心の鉄壁ディフェンサー・ルミ子
 自分が欲しいのはルミ子ママからの愛情だから、我が娘からの思慕とか不要なんですね。はい、左様ですか。
 ブレねぇ~~~~!!地球の自転軸だって多少ブレるぞお前!!

 両親とも頼りにならない清佳は自力で強くなるしかない。つまりルミ子の母親になるしか家に居場所ない。父親は空気だし。母娘逆転したってのに事件以降もルミ子は誰かの『娘』になりたがる。
 娘ってだけで無条件に愛されるとよく判らん誤解してる。いやもう勘弁して。娘ってだけで無条件に愛されるなら、何故清佳は無条件に愛されてないわけ?同一化してるからでしょ?
 ルミ子ママとの同一化が当たり前だったルミ子にとって、清佳との同一化も当然。なもんで清佳が傷付くとか意識に一切浮かばない。自分と同じものだから言葉や態度で清佳を傷付けても気にならない。自分と同じだから傷付くわけないって思ってる。

ずっと田所母のターン!

 第四の恐怖、田所母。
 事件以降田所家で敷地内別居してるのマジ謎。ルミ子ママの遺した家あるだろそっち移れよ……って思ったけど、ルミ子あれ清佳はともかく田所(旦那)をルミ子ママの遺した家に置きたくないんだろうな……。あと誰かの『娘』になりたいから今度は田所母がタゲられた。
 ところがどっこい田所母は鉄壁のディフェンサー・ルミ子を跳ね返す、難攻不落のオフェンサー。これまで防御に徹して来たのにルミ子は攻撃に滅法弱かった。イェヤフッ!!

 ただこの田所母は義母ってだけでも強烈なのに、正直私は「うちのおかんだ」としか思えなくて……。もう口調からなにからなにまで全部うちのおかん。とにかく否定、否定、全否定。ルミ子ママの真逆をゆく女。

 この映画のつらいところは随所にこんな母親は嫌だトラップが仕込まれているところです。一瞬でも気を抜いたら首獲られるぞ気を付けろ。

 至るところに毒親トラップ仕込まれてるので、出て来る『母親』みんな怖い。過保護系ルミ子ママ無関心系ルミ子支配系田所母。みんなそれぞれ特色のある毒親なら選択肢がない。詰みゲーだから人生ってクソだな!と清佳はグレてもよかったよ。よくグレなかったよ。

怒涛の畳み掛け

 なにをどうしたってルミ子と自分は判り合えない、理解し合えないと気付いた清佳が自ら命を絶とうとするシーン。真っ先に異常に気付いたのはあろうことかこれまで一番強烈だった田所母で、ルミ子を叱責しながら清佳の命を救おうとする。
 意識のない清佳がルミ子から名前を呼ばれ、「それ私の名前だったんだ」と気付いたシーン。

 心臓破裂するかと思った。
 バゴンッ!!って音した。

 だってこれ毒親あるあるですもん、毒親が子の名前呼ばないってあるあるですもん。そうだよ思い返してみれば劇中ルミ子、一度も清佳の名前呼んでない。オイオイ勘弁してくれよ此処に来て特大のミサイル(追尾)撃って来るなよ。これまでの人生の走馬灯が走って「つれぇ……」しか出てこないでしょこんなん!!

 そんなに変?と思うかも知れませんけど、的確な例えが出せます。
 カプセルトイってありますよね。でもあれって人によって呼び名違います。ガシャポンとかガチャガチャとか色々バリエーションあるでしょう。どれであっても適度に通じるなら、大抵は正式名称なんて気にしない。ただ正式名称で答えろと言われた時、眉を寄せて考え込む。

 それが自分の名前だとしたらこんなにおかしなことがあります?
 自分の名前に違和感を抱く。記号としか捉えてない。呼ばれてもしっくり来ない。「それ誰?」になる。そんな生き方人として正しいのか?
 なんのための名前なんだよ。

 清佳はまさにそれで、私ってそんな名前だった?それ私の名前?『タドコロ』じゃなかった?と、自身の名を記号としか捉えてなかったのモロ判りでつれぇ……!!
 死んじまうわこんなん……。

最大の恐怖

 これで恐怖が去ったと思いきや次に来るのが特級呪物。大人になった清佳が程よくルミ子と距離を取り、妊娠報告をしたシーン。
 娘を身ごもったことも「うわぁ……」だけど、その報告を受けたルミ子が「怖がらなくていいのよ」ってさ、あのさぁ、お前さぁ……。

 いつまでルミ子ママ追っかけてんだよこの鉄壁のディフェンサーが!!
 ルミ子ママが「怖がらなくていい」って言ったのはお前が妊娠に怯えていたからで、清佳に対し加害者であるお前が「怖がらなくていい」って言えた立場かね!?怖がらせたのはお前!お前!!お前お前お前お前~~!!清佳別に妊娠自体は怖がってねえから!!

 ルミ子ママの言ってたことなぞっていればルミ子ママになれるわけじゃないぞしっかりしろ!!形だけルミ子ママになりたがるな~~!!
 さっさとルミ子ママと自分は別人格の別個体だって区切り付けて!!癒着激しすぎるだろ炎天下のアスファルトに貼り付いたガムか!!

 つまり清佳もまた解毒出来ていなかった……。
 あれだけ偉そうに「女には二種類ある。娘と母」「生まれつき母性を持っているわけじゃない」って言ってたのに、それでもルミ子に母性を求めてる。希望を捨ててない。きっと母性はあると信じてる。
 生まれて来る娘越しにルミ子の愛を受けられると、どこかで思っている。
 
だから職場の先輩の問いに即答できなかった。
 最後まで『母』という呪縛は残ったまま

 てかそんな『母になるには限定解除が必要』設定持ち出して『娘になるにも限定解除が必要』みたいな扱いやめて欲しい。貴方から生まれたんですけど。生んでみて無理でしたって流石にどうよ。こっちは生まれた以上(元に戻るの)無理ですけど?

 表面上『判り合えた母娘』になってるの問題過ぎる。
 娘を溺愛したルミ子ママ、娘のまま母になったルミ子、娘なのに母として生きた清佳、この負のサイクルが続くってことなんですよ。『母の価値観』で生きてる娘が二人以上存在してるんだよクッソ怖い!!
 結局ルミ子ママの願ったことをルミ子は清佳に望んでるしね!!

 しかも最大の恐怖はこれじゃないんですね。
 この映画は『生まれつき母性のない女は存在する』を証明するために、『子は生まれた以上母の愛を欲する』も固定されています。

 舐めんな生存本能だわ。
 世話してもらわなきゃ死ぬ立場だから、世話してくれる人に媚びてただけだ。母性神話崩壊はいいとして、母性崩壊させた人に子が心底懐くと思うか? 
 お門違いも大概にしろ。娘に夢見過ぎるな
 
 毒親をモチーフにした作品はこれまでも多く出版、映画化されて来ましたが、それのどれもが『いずれ母になれば母の気持ちが判る』とか『必ず理解し合える』とか『子は無条件に母を愛す』になってるのマジでしんどい。

 そういう意味でも『怖い』映画でした

 あと原作者さん、「これは毒親の話ではない。機能不全な家庭の話だ」って言ってたのほんと……?機能不全が毒親じゃないならこの世に毒親なんて存在しないんだけど……毒親のハードル高すぎない……?虐待死されないと毒親認定されないってコト……?(怖い)(つらい)(しんどい)

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