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つーちゃんの“ロック”

題名:『つーちゃんの“ロック”』

作者:img_00

 “つーちゃん”は今日も元気にどら焼きを焼いています。今日は商店街でお祭りがあって、午後からはお仕事はお休みです。お父さん、お母さんから臨時のお小遣いをもらって、出かけました。“つーちゃん”は全く食べ物に興味はありません。適当な場所を見つけて座りながら缶ジュースを飲んでいます。

 特設ステージにはいろいろなイベントがやっていて、つまらない関係者の挨拶だとか、特に興味はありません。いきなり、場違いな野太い声とギターサウンドが聞こえたのでそっちを見てみるとロックバンドが演奏を始めたところでした。つーちゃんは中学校の部活でコピーバンドをやっていて、担当はギターボーカルです。曲が良かったので、グッズを見てみようと思い売店まで行くと、透明な筒状のケースに目が留まりました。本人に聞いてみるとメモリーにミニアルバムが入っているそうです。見た目、内容とも気に入ったので、買ってみることにしました。家に帰ると、スマホにさっそくデータを移して、聞いてみるとザクザク刺さりました。ケースの方はかっこいいので、自分の部屋に飾ることにします。

 数日後、いつも通りお店でどら焼きを焼いていると、ものすごくヘロヘロなお客さんが来ました。「この人、あの時の人だ。」とお互い気が付きました。最近できた家に住んでいるご近所さんだったようです。徹夜明けでしょうか? お客さんはどら焼きを10個ほど大人買いして行きました。何度かどら焼きを買いに来るうちに簡単な世間話をするようになりました。「私、中学校で軽音楽部、バンドやっているんですよ。」と話したら「ロック教えてやろうか?ギャラはいらねぇ。」と提案があったので、顧問の先生に聞いてみることにしました。

 さっそく、部活の時に“てまりせんせー”にアルバムを聴いてもらって、感想を聞くと「いーじゃん、これ。」とコメントがあって、全員で肯定的な意見です。でも、「現状では身元不明のXさん。」状態で、「一度会ってみないと何とも言えないなー。」ということになりました。

 “てまりせんせー”がライブを見に行った時、打ち上げに誘われて、お互いを“あきら”、“てまり”と呼び捨てるぐらい意気投合、特別顧問の話が決まりました。放課後、みんなが集まると、“てまりせんせー”を中心としてお互いの簡単な紹介が始まりました。「知ってるだろうけど、ギターボーカルの“つばき”、“つーちゃん”だ。ギターの腕はごく普通。」「ベースの“むらさき”、“むーちゃん”、見ての通り形から入るタイプだけど凄腕。」「ドラムの“てつや”、“てっちん”、リズム感が抜群で、ラップも得意。」「キーボードの“さくらこ”、“さっちゃん”、一応絶対音感の持ち主だが、演奏の腕はさっぱり・・・。」“さっちゃん”が「せんせー、ひどい・・・。」と抗議しても、みんな知らんぷり、いつも音がずれてると指摘してくるので、この辺は常日頃の行いでしょうか? 身内の紹介が終わって、“あきらさん”の簡単な紹介が始まりました。「こいつは“あきら”、最近、引っ越してきて、得意なパートはギターボーカル、この前聴いた通り腕は立つ。SNSではちょっとした有名人だ。」紹介が終わって、“あきらさん”は簡単に楽器や機材のチェックを始めました。ギターとベースは入門キット、キーボードは定番、なんかやけにドラムだけフラグシップモデル、超高級品? 何だこりゃ? と思っていると、“てまりせんせー”が「ああ、それな。私の私物だ。昔ドラマーやってたから、安物じゃ満足できなくて・・・。」と少し恥ずかしそうに言いました。

 “あきらさん”が実際の演奏を聴いてみたいと言ったので、何曲か演奏すると、「これなら及第点、一応最低限の事はできている。」と言いました。そこで、今後の方針を考えることになしました。“つーちゃん”、“むーちゃん”、“てっちん”、“さっちゃん”は中学3年生なので、しっかり勉強して、「入試が終わったら記念に1曲作ってみんなに聴いてもらおう。」ということになりました。それまでに、「歌詞にどんな言葉を使って、何を言いたいのか? をイメージしておくように・・・。」と課題を出しました。

 みんな、入試に影響が出ないように毎週1回だけ部室に集まり、“あきらさん”にアドバイスを受けつつ、言葉を選んだり、実際に軽くメロディをつけたり、ビートを刻んでみたり。1月と2月は入試に備えて完全な活動休止、みんな成績が比較的良かったので、一発で合格しました。早めに入試が終わったので、活動を再開すると“あきらさん”がみんなの意見をまとめて、デモ曲を2つ作っていてくれました。テーマは「私たちいなくなるけど、未練たらたら、もっと居たかったよ・・・。でも、サヨナラ・・・。」ということで組んでみたそうです。忙しそうな“てまりせんせー”の時間を見計らって、全員で聞いてみることにしました。2曲とも全く違う感じの曲に仕上がっていて、「さすが“あきらさん”。」とみんな驚きました。1曲目はおとなしい感じ、2曲目は派手な感じ、どっちもいいと思いましたが、残り時間を考えると1曲しか練習の時間がありません。ボーカルの“つーちゃん”の意見で決めようということになりました。“つーちゃん”は「最後ぐらいかっこつけて、ロックしよう!!」と言って派手な感じの曲を選びました。

 土日返上で曲の練習が始まります。最初は全員ヘッドホンを使った個別練習です。“むーちゃん”、“てっちん”はかなりスキルが高いので難なくこなしています。“つーちゃん”と“さっちゃん”はあまり演奏が得意ではないので苦戦しています。特に“つーちゃん”はギターボーカルなので同時に二役こなさないといけません。ギターに集中すれば、ボーカルが、ボーカルに集中すれば、ギターができません。それでも、何とか両方ものにして、全体練習が始まりました。苦情が来ないように、いつも通り、音量は控えめでやっています。“つーちゃん”は一生懸命やってるつもりですが、“さっちゃん”が間違いを指摘しました。“さっちゃん”自身もリズムが崩れていることを指摘されて少しけんかになりました。“むーちゃん”、“てっちん”、“てまりせんせー”、にとってはいつもの事なので、特に口出しはしません。全体練習を繰り返した後、“てまりせんせー”からオーケーが出たので、“あきらさん”に連絡して、二日後に本番を設定しました。

 前日、“あきらさんが”がレンタカーを借りて機材の搬入をしました。基本的にドラムも含め電子系のサウンドなので、直接入力にすればマイクは必要ないのですが、折角なので気分よく演奏できるように、マイクを使ったセッティングにしています。この事は“あきらさん”と“てまりせんせー”で事前に話し合って、当日にびっくりさせようと思って内緒にしています。

 いよいよ本番、“つーちゃん”、“むーちゃん”、“てっちん”、“さっちゃん”にとってはこれで最後。やり直しがきかない一発勝負です。それぞれ、軽くフレーズを演奏して、“あきらさん”が音量調整を終えました。そして、“あきらさん”が開始の合図を送ると、“てっちん”がスティックを叩いてカウントダウンを始めます。

 「1,2,1,2,3,4」無遠慮に響きわたるビートとメロディ。

 「イントロ」>>「Aメロ」>>「Aメロ‘」>>「サビ1」>>「間奏」>>「Bメロ」>>「Bメロ’」>>「サビ2」>>「アウトロ」これで最後なので思いっきり演奏しました。

 多少、騒ぎになったのですが、“てまりせんせー”が頑張って、教頭先生を止めてくれているあいだに何とか収録が終わりました。「始末書、書かないといけないなー。」と憂鬱になりましたが、生徒たちの晴れ舞台なので「まあいいか・・・。」と思いました。

 今回、カメラは固定アングルの1台だけ、そんなに大した編集作業ではないのですが、数日かけて音質の調整、修正作業をしました。本人たちは知る必要のないことで、大人たちがこっそりと手助けしてやるくらいはいいだろうと思っています、自身がプロという自負もあるので手抜きはしません。

 卒業式が終わった翌日、教室にプロジェクタを持ち込んで視聴会を行いました。みんなに見てもらいたい、ということだったので、“あきらさん”か“てまりせんせー”のアカウントでアップしようという話になって、今回は“てまりせんせー”が公式なルートで流すことにしました。折角作ったし、学校のみんなにも、家族にも見てほしい。あんまり視聴回数を稼げないかもしれないけどそれでいい、ということになりました。“てまりせんせー”が教員室に行って自分のノートパソコンを持ってくると念のため、メモリーのウイルスチャックをした後、動画データを読み込みました。学校の公式アカウントでログインした後、動画を仮アップ、一通り再生して問題ないことを確認してみんなに確認をとります。

“てまりせんせー”「これから公開するけど、準備はいいかー?」、
“つーちゃん”「おー。」、
“むーちゃん”「・・・。」、
“てっちん”「おう。」、
”さっちゃん“「もちろん。」、
“あきらさん”「ぶちかませ!!」

 みんなの同意が得られたということで、設定を非公開から公開へ切り替えました。

 今回、“あきらさん”は自信があったので事前にちょっとしたプレゼントを用意しておきました。これは、驚かせたいので、家に帰ってから開けるように、と一言付け加えました。“つーちゃん”が家に帰って開けてみると、あの時に買ったミニアルバムの特別仕様、“つーちゃん”、“むーちゃん”、“てっちん”、“さっちゃん”、“てまりせんせー”、“あきらさん”の写真入り、投稿動画のサムネイル用に撮った写真のうちの1枚が入っていました。折角なので、最初に買ったミニアルバムの隣に飾ることにしました。

 何日かして“つーちゃん”がいつものように、どら焼きを焼いていると“あきらさん”が来て「一人前にロックできるようになった記念だ、これやる。」といって高そうなギターを置いて行きました。何か違和感があったのですが、「卒業記念ってことか・・・。」と思いました。しばらくして、「“あきらさん”、最近顔を出さないなー。」、と思っていたころ、近所で夜逃げ騒ぎがあったらしいので話を聞いてみると、どうやら、それは“あきらさん”らしいです。「家を建てた時、無茶なローンを組んで、払えなくなったから夜逃げする。もったいないからギターやる。」ということでしょうか? “つーちゃん”は「これもロックか・・・。“あきらさん”だけは真似するのをやめよう・・・。」と何となく思いました。

おしまい




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